【夢主視点】


 さて、潜書の時間だ。
「リーダーは徳田さんで、太宰さん、坂口さん、織田さんの四人での潜書を頼みます」
「分かったよ」
 了承してくれた徳田さんに頷きを返してから太宰さん達を見る。
「初めての潜書なのでなるべく侵食率の低い本に潜書してもらうことにしました。しかし気をつけるに越したことはありません。何か異常、不可解なことがあれば徳田さんに指示を仰いでください。徳田さんでも分からないことがあればすぐにこちらに戻ってくること。また、僕が引き返す指示を出した時もすぐに戻ってきてください」
 特務司書としての言葉を終えると、僕は三人が頷いてくれるを待ってからにこりと笑んだ。
「大丈夫。皆さんは強い文士だから、無事帰ってくる。僕はそう信じてる」
 大丈夫と、緊張を解してもらいたいと願って言えば、ぽんぽんと徳田さんに頭を撫でられた。いやだから僕これでも15歳なんだけど。
 徳田さんの背後に並ぶ三人のうち、太宰さんが不満そうにしてたので僕はひらひらと彼に向かって手を振る。すると不満そうにしながらもひらひらと手を振り返してくれた。徳田さんがため息を吐く音がした。何なんだ。
 潜書する本を台に置き、四人の文士に近くに並んでもらう。僕はそれでは気をつけてと言葉を告げてから、本に手をかざした。
「行きます!」
 特務司書として叫び、アルケミストの力を本に注ぎ込む。するとふわりふわりと文士達が呼応するようにきらめき始め、強く手を握るように開いた手に力を込めれば、文士達はすっと本の中に吸い込まれた。

 転生をした過去の文士達の体は器でも何でもない。その体は文士の名と著作からアルケミストが創造した概念だ。故に、彼らは本の中に潜書するという人離れしたことが可能である。
 過去に人間を潜書させる実験も行われたが、精神は潜書できても体(器)は潜書出来ず、さらに器無き精神は侵食された世界の侵食者によって無惨に殺された。
 僕はふっと息を吐き、侵食されている本から離れて近くに置いておいた鏡を見つめる。すると潜書中の文士達の姿が見えた。早速侵食者と戦っているらしい四人に、やはり侵食者には文士が有効であると改めて感じた。
 人間を潜書させる試みが、文士を転生させて潜書させるという方向に転換をする事になったのは、彼らのみが持てる武器も大きな要因だ。ただの人間、それも精神だけの人間は誰もが武器を本の中で調達出来ずに、侵食者に殺された。しかし文士達は違った。彼らは転生前の著作を戦う武器に変換させる事が可能だったのだ。そのことを見つけだしたアルケミスト達は、それはもう驚き、感動したことだろう。これでやっと、侵食者と戦う術を手に入れられた、と。
 本の中の戦闘は進んでいく。途中で徳田さんから、侵食者の主格には会えそうにないと通信が入り、むしろ今回は三人も戦闘経験が無い文士がいるから会わない方が良いよと告げる。
 そう、今回は三人の戦闘経験を積む事が目的でもある。それに潜書して主格の侵食者を倒したところで侵食は止まらない。精々侵食のスピードが落ちるのみだ。だから僕ら特務司書は何度も文士を同じ本へ送り込む。根本的な解決をするのは、きっとこんな寂れた町の図書館に勤める僕らではなく、大きな図書館に勤める特務司書と文士だろう。僕らはそんな彼らの手伝いが出来ればいい。そんなものだ。
 気を楽にして、でも手を抜かずに戦闘に集中してと伝えて、僕は徳田さんや太宰さんの戦闘を見守った。やがて粗方の侵食者を倒した徳田さんが帰還を宣言し、四人が潜書から戻ってきた。

 ふわりと光と共に現実世界に戻ってきた四人に、おかえりなさいと告げてから、徳田さんに一応潜書の報告をしてもらい、問題無いと判断すると、僕は後ろでへばっている三人に声をかけた。
「初めての潜書はどうだった?」
「疲れた……」
 太宰さんが呟くと、それなと坂口さんと織田さんが続いた。念のためステータスを確認したが特に問題は無い。これはお腹が減っただけだなと判断し、よしと僕は徳田さんに三人を任せて軽食作りにキッチンへと向かった。

 軽食は定番のサンドイッチ。それにカフェオレを用意していると、徳田さんに引き摺られるように太宰さん達が食堂にやって来た。徳田さんは不満そうにしながらも僕を見ると、三人を連れてきたよと疲れを見せずに言うから、レベル差と転生後の経験の差だろうなあと思い、ありがとうとだけ返した。
 四人にテーブルについてもらうと、サンドイッチとカフェオレを並べた。サンドイッチは多めに用意しておいたのだが、あっという間に皆平らげてしまって、足りなかったかと頭の中のメモに今度から倍量用意しようと決めた。
 潜書すると文士達は何故かとてもお腹が空くという。けれどそれはお腹が空くというよりエネルギーをそれだけ使ったということだ、と何処かの特務司書の論文にあった。つまりお腹が空くというのは一番簡単に感じる、エネルギー不足のバロメーターなのだ、と。

 食事をして元気になった太宰さん達だけど、今日はもう潜書はしないと伝えて、僕はとりあえず今日の報告書をまとめるので司書室に戻ると宣言した。徳田さんが手伝うよと言ってくれたけれど、彼も慣れない複数人の潜書で疲れているだろうからと断った。
「司書室ってどこにあるの?」
 太宰さんがそう言ったので、僕は案内してなかったことを思い出した。
「図書館の一番奥、裏庭に面したところにあるよ。裏庭も司書室も案内し忘れてたや」
 徳田さんがそれなら案内しておくよと言ってくれたので、僕はその言葉に甘えて食堂を後にした。

 のだが、後ろには太宰さんがいた。
「えっと?」
「俺、杏に案内してもらいたい」
 いいだろと言うから、まあいいけどと答えて僕は司書室に向かった。
 図書館の奥、というより図書館を出た先の裏地に庭がある。アルケミストとして、否、何より僕個人の趣味で沢山の種類の草花が育てられている庭は綺麗に揃った庭では無いけれど、イングリッシュガーデンの様に自然のままを大切にした様な造りになっている。
 太宰さんはへえと感心した様に庭を見ながら僕の後に続く。石畳を真っ直ぐ歩けば庭に面した司書室がある。

 裏庭から司書室に入れば、そこは僕のプライベートスペースの一つだ。ここが司書室だよと太宰さんに言えば、結構狭いねと言われた。まあ、確かに。
「でも掃除が楽でいいよ」
「ふーん」
 僕はちょっと几帳面なのか、整理整頓や掃除が趣味の様なところがある。何がどこにあるか、何はどこが居場所なのか、きちんと決めておくと何となく安心するのだ。
「あんまりものを動かしたりしないでね。でも、いつ来てもいいから」
「え、いいの?」
「だって同じ図書館で戦う仲間でしょ?」
 いいに決まってると笑えば、太宰さんは複雑そうにそうだなと頷いた。うん、何ていうか、太宰さんって気難しいというか、繊細というか。
「太宰さんってストレス溜めやすかったりする?」
「え、何で?」
 ストレス発散の方法を早めに見つけておくといいよと伝えて、僕は司書室の机に向かった。
「じゃあ僕は報告書を書くから、自由にしてて」
「分かった」
 そうして司書室の片隅にあった椅子に座って僕の方を見てきた太宰さんに、そんなに報告書作りが珍しいかなあと思いながら万年筆へと手を伸ばしたのだった。
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