【夢主視点】


 夏の日差し。海辺の町にある図書館からはキラキラとした海が見える。そんな海をぼんやりと眺めていた太宰さんは、海に遊びに行かないのと言った。
「別に行ってきてもいいんだよ?」
「やーだー、杏と一緒がいい」
「僕は仕事があるの」
「いいじゃん別にー!」
 杏はいつも仕事してると言われて、まあ家事もしてるからなあと頬を掻いた。
「他に家事してくれる文士とかいないの?」
「え、家事のために呼び出すの?」
「だって杏ばっかりご飯作ってるし、いや杏のご飯美味しいからそれはいいんだけど、洗濯とか掃除とか」
「大体の文士は出来ないと思うよ」
「でもさー!」
 部屋に閉じこもってちゃ詰まらないと言うから、僕はそんなことないよと笑った。
「太宰さんと一緒だから、僕は苦痛じゃないや」
 ふふと笑って今日の書類を書き終えると、太宰さんがむすっとした顔をしている事に気がついた。
「太宰さん?」
「これから何するのさ」
「掃除でも、と」
「仕事は終わったんだよね」
「う、うん」
「じゃあ海行こう!」
 そうして僕の腕を掴んだ太宰さんに、ええと言いながらついて行く。途中で徳田さんに会ったので、海に散歩に行ってくると伝えれば、掃除なら皆でやってみるよと言われた。うん、不安。
「杏、こっち見て!」
「はいはい」
「二回も言わない!」
 そうして玄関を飛び出して、海へと駆け出す。夏の海は遮るものが何もない日差しがきつかった。だけど太宰さんが嬉しそうだから、僕もまた嬉しくなった。
「そういえば、太宰さんは僕に心中したいって言わないね」
 資料で確認したプロフィールにあった事項を聞けば、ああそれねと太宰さんは答えた。
「だって杏は俺が何もしなくても一人で死にそうになってるんだもん」
 俺より自殺したがる人初めて見た、なんて言うから失礼だなと僕は言った。
「僕はちょっと無理することが多いだけだよ」
「無理が過ぎるんだよ! ああもう、あんまり無理するなよ」
「耳にタコができそう」
「俺以外にも心配してる奴いるもんね」
「うんまあ、仕事仲間だからね。ほら、そうやって嫉妬しないの」
「嫉妬ぐらいさせてよ」
 そうして太宰さんは僕の手を掴んで、遊ぼうかと言った。何して遊ぶのと言えば、砂で城を作ろうと笑った。
「それなら何もなくても出来るだろ?」
「そうだね」
 夏の日差しの下、キラキラと輝く海と、笑顔の太宰さん。ああ、こんな光景が見られるなんてと僕は思った。

 あの春の日から、夏になった。図書館に文士が増え、できる仕事が増えたので給付金も少しだけ増えた。前では考えられなかった賑やかな図書館。
 そして、太宰さんとの仲を正式にアルケミスト達に説明すれば、好きにすればいいと言ってもらえた。皆、僕のことを煙たがっていたから関わりたくないんだろうと思ったけど、太宰さんはきっとそうじゃないと言ってくれた。だって煙たがっているなら僕を図書館に縛り付けることすらしなかっただろうから、と。僕の逆覚醒を評価してるんだよと言ってくれた。それが、とても嬉しかった。

「杏ー!」
 また考え事してると言われて、頬をつねられる。痛いよと言えば、そうしたからねと不機嫌顔。太宰さんはすぐに不機嫌になるねと笑えば、杏が悪いと言われてしまった。
「杏は俺のなんだから」
「そうだね、太宰さんも僕のだね」
 分かってるならいいけどと太宰さんは少し歩いてから立ち止まってくるりと振り返った。嗚呼、キラキラした海が彼の華やかな服装とよく似合う。夏服がほしいなと呟いた太宰さんに、それなら町の服屋さんで見繕いましょうかと伝えて、僕は彼の手にそっと手を伸ばし、ぎゅっと握ったのだった。
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