【夢主視点】


 杏、杏と僕を呼ぶ声が聞こえる。その愛しい声に、僕はふっと意識が浮上するのを感じた。太宰さんだ、僕は穏やかに笑った。手を伸ばせば、ゆっくりと彼の手が絡む。目を開けば、心配そうに僕の顔を覗き込む太宰さんがいた。赤い髪、金色の目。ああ、何て美しいんだろうと思った。燃えるように、生きる人だと思った。
「だざいさん」
「なに、杏」
 眠っちゃダメだろと言われて、そうだねと僕は夢現つに返事をする。そして彼が怪我していたことを思い出すと、補修しなくてはと呟いた。それならと太宰さんは言った。
「杏が力を溜めておいたっていう石みたいなのを徳田が見つけ出して使ったんだ」
 流石、長く助手をしているだけはあるよねと太宰さんが言うのが聞こえて、ああそんなものも前に作ったなと思い出した。アルケミストとしての力が少ないから、いつ僕が倒れるか分からないんだと、徳田さんと四苦八苦作ったエネルギーの塊。ちゃんと使えたんだと安堵した。

 ねえ、杏。と太宰さんは言った。
「好きだ」
 ふっと、夢現つだった意識の靄が取り払われていく気がした。
「だざいさん?」
「好きだよ」
 絡んでいた指先をぎゅっと掴まれてる。捕らえられた、と感じた。意識が覚醒していく。
「ええ、えっと、待って僕は」
「たとえ杏に性別がなくたって、人間じゃなくたって、俺は杏が好きだ」
 昨日は突然口付けてごめんね。そう言われて、僕は彼を避けていた事実を思い出した。意識は完全に覚醒し、僕は太宰さんの前で震える。
「そんな」
「杏も俺が好きだろ?」
「それは」
「俺じゃ、ダメ?」
 大切な子じゃないからと囁いた太宰さんに、僕は震えるばかりだった顔を上げた。
「ちがう、そんなことは!」
「じゃあどうして!」
 太宰さんもまた、何か焦っていようだった。
「だって、僕は、人じゃない」
「知ってる」
「性別だってない」
「知ってる。ていうかさっき俺言ったんだけど!」
「う、そうだけど」
 でも、と言葉を詰まらせると、太宰さんはぎゅっと握りしめていた僕の手をゆっくりと開いた。そして、冷たい僕の手を温かい手で、温かい男性の手で撫でた。

「好き。何度だっていう。好きだ」
「……うん」
「優しいところ、補修室で待っててくれたところ、俺を信頼して自分のことを話してくれたところ」
「……うん」
「俺の為に、死んでも良いと思ってくれたところは、あんまり好きじゃないけど」
「え」
「そういうところも、愛しいよ。だから」
「……」
「俺を受け入れて。俺にはもう、杏しか考えられないから」
 本当だよ、と太宰さんは僕の手を優しく握った。温かい手はいつの間にか熱いものに感じた。
「うん、わかった」
「本当に?!」
「もう、僕も目を背けない」
 息を吸って、吐いて。気を落ち着かせて、僕は太宰さんの金色の目を見上げた。
「好きだよ、太宰さん」
「嬉しい!」
 すぐにぎゅっと抱きしめられ。痛いよと僕は笑った。
「好き! 好きだ! ずーっと愛してる! 俺の杏!」
「うん、僕も愛してる。僕の、太宰さん」
 そうして僕は熱い頬を彼の体に擦り寄せたのだった。
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