【夢主視点】


 これは夢だ。
 白い空間、一度だけ見たことがあるような、無いようなそこで僕はテーブルの隣にある椅子に座っていた。椅子は白く塗られた金属製で、テーブルもまた同じように白く塗られた金属製。その上にはいつの間にか温かな紅茶が置かれていた。しかしそれに手を伸ばすことは無い。この真白な夢は決して良いものではないと感じたからだ。そう、感じただけで明確に危険な点は上げられない。とにかく、生き物が住まう場所とはかけ離れた白い夢だとは感じる。
「新しい茶葉なのよ」
 いつの間にか、真っ白なワンピースを着た緑色の髪の女性が向かいの椅子に座ってティーカップを持っていた。
「新しいブレンド何ですって」
 そう言うとこくりと紅茶を飲む。僕はそれでも紅茶に手をつけなかった。指先が冷たい。ふと、ここは死後の世界だろうかと思った。ならば、目の前の女性は審判者だろうか。
「そんなに警戒しないで」
 女性は老婆のように穏やかに微笑む。ゆったりとした動きで僕の頬を撫でた。温かい手だった。
「愛しい子、哀れな子。本来ならば救われない子。だったら、救われる未来だってあってもいいじゃない」
 エゴよ、と女性は微笑んでいた。エゴですか、掠れた声で繰り返せば、女性は嬉しそうに笑みを深めた。
「そう。あなたはどうしたって15歳より長く生きられなかった。だけど、それは可能性が少なすぎただけ。世界を移すことで、あなたの可能性は広がるの」
 緑色の、長い髪が揺れる。あ、僕はこの人を見たことがある。やっと気がついて、僕は目を見開いた。
「貴女、は……」
「私はみどり。世界に選ばれし、世界を創りし者。そして、アルケミストとしてあなたをあちらに呼び出した者」
 神様ではなくってごめんなさいね。女性は、みどりさんは笑った。でもみどりさんが言ったことは僕にとって神と同義だった。

 何故、何故と疑問が浮かぶ。理不尽だと叫びたくなる。
「何故、貴女は僕をあの世界に転生させたのですか」
「あなたの可能性を広げたかったの」
「何故、貴女は僕に性別をくださらなかったのですか」
「あなたの、最もあなたらしい点を奪うことなんて出来ないわ」
「何故、あなたは僕に大切な人を守る力をくださらなかったのですか」
 そう、とみどりさんは目を細める。
「大切な人が出来たのね」
「……どうして」
「その身を犠牲にしても守りたかったあの子より、大切な人が出来たのね」
「どうして!」
 答えてくださいと僕は叫んだ。
「貴女ならば僕により多くの生命エネルギーを与えることも出来た筈だ! なのに、なのに僕は」
「あなたは一つ勘違いをしているわ」
 みどりさんは優しく笑った。だけどどこか、申し訳なさそうにも見えて。
「私は万能ではない。私は神様ではない。私は、ただ世界の存続を肯定する者」
 万人の願いを叶える願望機ではないわとみどりさんは言うと、その上で僕の肩をぽんぽんと叩いた。
「あなたが15歳より長く生きられるか、生きられないか、今が分岐点なの。だからどうか、選んで」
「なに、を……」
 聞こうとしたその途端に急激な眠気が僕に襲いかかる。目が閉じていく、開けられない、意識が遠のいていく。
「どうか、生きる道を選んで」
 それを私が、世界が望んでいるわ。と聞いたのを最後に僕は意識を保てなくなり、その白い夢からふわりと消えた。
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