【夢主視点】


 朝、なんとか起きて腫れぼったい顔を水で洗って、朝食を作った。食堂に来た人から朝食を渡していって、その際にもの言いたげな太宰さんに会ったけど、僕は何も言えずに朝食を渡した。
 避けるなんて良くないと分かっていながらも、普通に接する事ができない。とりあえず昼には予定通りに徳田さんをリーダーに太宰さん、坂口さん、中野さんの潜書を行うと宣言をして、僕は司書室へと帰った。
 皆さんが朝食を食べている間に書類を書き上げる。主に報告するのは白に紫の本の事だ。やはり毒を持つ特別な侵食者がいたと報告に書き、それを撃退したとも書いた。そこで、僕は皆さんの前で逆覚醒したんだなと感慨深くなる。前回、僕の生前。僕は逆覚醒の初めての時、つまり初覚醒の時に失敗し、生命エネルギーの暴走によって死んだ。享年15歳。だけど、後悔はしていない。あの時、僕は死んだけど、あの時に、大事なあの子を守るために初覚醒に挑戦しなければ、僕は深く後悔していただろうから。だから、僕は裏であの子を守り続けた一生に何の後悔もない。ただ、一つだけ心残りがあるとしたら、あの子に家族だった事を教えられなかったことだろう。でもそれもきっと、誰かが僕が死んだ後に伝えただろうから、心残りでも何でもない。
 図書館に侵食者と戦う文士として転生した皆さんにはきっと心残りがあるのだろう。ふと思った。心残り、それは人間ならば必ずあるものだろうから。太宰さんにも、心残りがあるのだろうか。そう考えてずきりと胸が痛む。その心残りはもしかしたら彼が生前愛した人のことかもしれないと思ったからだ。僕にも大事な人がいたように、彼にも大事な人がいたことだろう。それが、何故だかとても苦しかった。

 潜書の時間。徳田さん、太宰さん、坂口さん、中野さんに集まってもらい、潜書してもらうための準備をした。準備が終わると、僕はいつも通りに皆さんに気をつけてと伝えて、そっと本に手をかざした。
「いきます!」
 僕がアルケミストとしての力を注ぎ込めば本へ潜書していく文士達。潜書の衝撃に耐えるために目を伏せた太宰さんがちらりと見えて、僕は痛む胸を無視して力を注ぎ込み続け、潜書を成功させた。
 倒れそうになったところを小林さんに支えられる。居たんですね、そう言えば、居たっていいだろと言われてしまった。そりゃそうだ。
 僕は鏡へと向かう。潜書の様子が見える鏡を小林さんと見つめた。潜書のペースはいつもより早かった。これはまずいな、そう予感すると僕は徳田さんにペースを落とすように指示した。しかし、僕もそうしたいよと返されて、まさかと僕は昨日の潜書を思い出した。
「まさか、また太宰さんが……」
『ホンットどうにかならないのあの人!』
 ああまた進んでいったと徳田さんとの通信が切れる。小林さんが難しい顔をして鏡を見つめている。僕はいざという時のためにアルケミストとしての力を練り始めた。
 潜書は進む。主に暴れているのは太宰さんと、それに焚き付けられた中野さんだ。まさかのバーサーカー属性ですかと言えば、小林さんが頭痛がすると頭を抱えた。え、本当にそうなの。後で文士のプロフィールを再確認しようと思いながら、様子を見守る。最深部、皆がボロボロだった。徳田さんに、ボスへ行く前に帰ってきてと連絡すれば、強制帰還をよろしくと言われてしまった。ああ、徳田さんがリーダーを放棄している。というより、太宰さんと中野さんが止まらない。坂口さんにも連絡をしてみたが、無理と言われてしまった。ああもう。
「司書さん、皆が!」
「小林さんは下がってください。強制帰還、開始します!」
 小林さんに下がってもらい、潜書した本に練り上げたアルケミストとしての力を一気に流し込む。戦闘を中断させる強制帰還はアルケミストとしての力の消費量が多いことから推奨されていない。だけど、今はそうこう言ってはいられなかった。カタカタと体が震える。強制帰還に体が耐えきれない。だが、僕は太宰さん達を助ける為にと歯を食いしばった。
 内臓が負傷する寸前、潜書した四人が現実世界に戻ってきた。ふらりと倒れた中野さんに小林さんが駆け寄る。皆がボロボロで、でも命はあると安心して、僕は青ざめた顔で、良かったと伝えた。太宰さんが僕を見て、ハッとした顔をする。ああ、太宰さんはようやく止まってくれたんだ。生き急ぐ彼を止められたことに、少しだけ得意になった。
「皆さんが、無事で良かったです」
 そう伝えると、僕は床に膝をついた。立っていられない。レベルと開花率が高く、負傷の少ない徳田さんが僕に駆け寄ったが、とりあえず太宰さんと中野さんを補修室へと頼めば、僕の頑固さを知る彼らしく、素直に分かったと太宰さんと中野さんを補修室へ連れて行ってくれた。小林さんも補修室へ向かい、坂口さんもまた、補修室へ行くかと立ち上がった。

 僕はその場で座り込んだまま、しばらく息を整えることに集中した。体の節々が痛い。筋肉もまた、痛む。喉がひりひりと痛み、噛み締めていた歯が悲鳴を上げそうだ。
「どうして、僕は」
 小さく呟く。喉が痛かった。
「どうして僕は人を守ることに向かないんだろう」
 力さえあれば、誰かを助けられたのに。そう、例えば、太宰さんとか。
「どうして僕には誰かを守る為の力がないんだろう」
 アルケミストとしてのしての力、僕に馴染みのある言葉だと生命エネルギー。その保有量は先天的素質が強く関わる。母の顔も父の顔も知らない僕には判断のしようがないものだし、顔も名前も知らない人を否定しようもない。でも、こうして転生したんだから、せめて、太宰さんを守れる力があったら良かったのに。
「どうして……」
 かみさま、どうして僕に力を与えてくださらなかったのですか。それとも、これは罰なのですか。

 大事なあの子の前で死んだ僕への、罰なのでしょうか。

 そうして僕は意識を手放した。その間際に思い出したのは、こちらに背を向けて前を向くあの子と、こちらへと振り返った太宰さんだった。
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