【夢主視点】


 今日は一日休みですと、お給料を一人一人に手渡しながら朝食の席で皆さんに言えば、昨日の騒動を見た四人は納得した様子を見せ、昨日の騒動を話に聞いたらしい文士達は休暇は一日でいいのかと不安そうにした。だから僕は一日休めば僕の力は落ち着くよと笑い、それよりも太宰さん達に毒が残ってないかが心配だと話をすり替えた。そのことに小林さんと中野さんが渋い顔をしたけど、僕はひらひらと手を振るのみにしておいた。あの二人はとても鋭い。ここで下手なことを言って追求されたら墓穴を掘りそうだ。

 本日は晴天。僕は皆さんの朝食の片付けを終えるとカーディガンを脱ぎ、白いシャツの上に赤色のエプロンを着て庭仕事をし始めた。ハサミで剪定し、時には土を掘り返したり肥料を混ぜたりし、ジョウロで水をたっぷり与えた。四季を無視した裏庭は理想的でとても美しいと思う。四季を大切にする日本人には、異常に見えるのだろうけれど。
「杏!」
 ここにいたんだと太宰さんがやって来た。土で汚れた手をタオルで拭きながら、どうしたのと言えば、今朝お給料くれたでしょと言いながら紙袋を僕に差し出した。何だろうと慎重に袋を開けば、中には真っ白なテディベア。驚いてぽかんとしていると、あげるよと太宰さんははにかんだ。
「ぴったりだと思ったんだ!」
 だって、杏は白が似合うからな。そう言われて、僕は涙をこぼしそうになるのを隠しながら、紙袋を抱きしめてありがとうと答えた。

 白は、あの子の色だった。僕が否定した色だった。あの子の色であって、僕の色ではないはずだった。だから僕は黒を好んだし、無理を言って髪を染めてもらった。なのに、なのに、太宰さんは何も知らないはずなのに、僕には白が似合うと言った。
 それが何より、僕が僕だと肯定する言葉だと知らないはずなのに。

………

 夜、僕はキッチンで紅茶を淹れようとお湯を沸かしていた。そこへ太宰さんがやって来て、俺も欲しいと言うから、二人分のミルクティーを淹れた。
 夜の中。マグカップを持って、どうせなら裏庭に行こうよと僕は太宰さんを誘った。いいねと答えてくれた太宰さんに、僕はそれならと裏庭へ歩いた。
 裏庭は今日手入れしたことでいつもより強い、だけどほのかな、光を放つ植物達がいた。椅子に座り、マグカップを両手で持つ。温かい。春の夜は少しだけ寒かった。
「何か話があるんだろ?」
 太宰さんが言った。そうだね、僕はすぐに降参した。マグカップをテーブルに置き、ゆっくりと俯向く。そして黒いカラーコンタクトを外すと、僕は太宰さんを見上げた。彼は息を飲む。彼の目には、僕の本来の瞳の色、紫色をした目がうつっている事だろう。
「本当の僕を見て欲しいと思ったんだ」
 笑みを浮かべて、僕の目を見つめたままの太宰さんに続ける。
「太宰さんには隠したかった。けれど、逆覚醒まで見せたのだから、僕は、もう隠さない」
 黙ったままの太宰さんをいいことに、僕は語った。
「僕の祖先は神と契約を交わし、一切の毒が効かない身体を手にした。しかし、代わりに性別を失った」
 でもそれでは繁殖ができない。ならば、と祖先は考えた。
「祖先は一人一人が悪魔と契約を交わし、性別を手に入れることとなった。その一族は名も無き種族と呼ばれる、人とは似て非なる存在だった」
 僕は、と口にする。
「僕はそんな名も無き種族の一人としてこの世界にアルケミストの手で転生させられた、侵食者と戦えると判断された最初の試験体。そして、この世界に悪魔はいないから、性別を手にする事は出来なかった」
 化け物なんだ。繰り返しそう言おうとして、彼の顔が迫っていることに気がついた。近い、思わず下がろうとした時には遅く、視界いっぱいに太宰さんの顔と、唇に触れる柔らかな感触。口付けされた、そう分かった。

 顔が熱い、どんっと太宰さんを突き飛ばす。幸い、マグカップから紅茶が飛び散った音はしなかった。だけど僕の目はじわりと水気を帯びていく。熱い、顔が熱い、体が熱い。太宰さんが驚いた顔をしている。でも僕には彼に気を配る余裕がなかった。
「ごめんなさいっ!」
 僕はそう言って太宰さんに背を向け、庭から逃げるように司書室へと駆け込んだ。

 僕は話したはずだった。化け物だと、自分は人間ではないと言った。なのに、どうして太宰さんは口付けをしたのだ。訳がわからなくて、僕は司書室から自室に駆け込んでベッドに潜り込む。太宰さんが追いかけてこない事が、せめてもの救いだと思った。
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