【夢主視点】


 早朝、近くのパン屋でパンを買ってきて、朝食の準備をしていると、ふわと眠そうな欠伸をして太宰さんが台所に顔を出した。
「太宰さんおはよう、眠れなかったの?」
「よく分かったな。そう、眠れなくて」
 それなら食堂でゆっくりしてるといいよと僕は言って、鍋に水を入れて湯を沸かし始めた。ついでに隣にヤカンでお湯を沸かして温かい緑茶かほうじ茶でもと考えていると、あのさあと太宰さんが言った。
「大切な子がいたの?」
「ん?」
「中也に話してた」
 一瞬、何を言われたか分からなくて反応だけすれば、中原さんの名前が出てきたのでなるほどと納得する。昨日の晩の、食堂での会話を聞かれていたのだろう。まさか起きてるとは、否、太宰さんは眠れないとよく言うから、可能性を考えなかった僕が悪い。困ったなと思いながら、僕は曖昧に口を開いた。
「ああ、そうだね、僕には大切な子がいたよ」
「過去形?」
 鋭いな、僕は苦笑する。
「うん。もう僕、死んじゃったから」
「……は?」
「なにも不思議じゃないよ。僕もまた、転生したヒトってこと」
 ベーコンはカリカリが良いかなと質問すれば、太宰さんはカリカリが良いととびきりの反応をしながらも、確かに動揺しているのが見て取れた。
 そうして食堂へ言った太宰さんに、僕はその場に立ち尽くし、顔を手で覆う。嗚呼、言ってしまった。勘の良い太宰さんなら分かるのかもしれない。僕が、化け物であり、人ではないことが、ばれたのかもしれない。だけど、太宰さんはまだ嫌悪感を見せなかった。僕を転生させた後、喜び勇んだアルケミスト達と、僕の能力を見て畏怖し、恐れ、僕を隔離したアルケミスト達とは、違った。否、違うと良い。
「僕はまだ、人の真似事がしたいんだ」
 涙がぽろりと溢れた。

 朝ご飯の後、しばらくしてから潜書を行った。メンバーは徳田さん、中原さん、織田さんに太宰さんだ。なるべくバランスよく、そして徳田さんに指示を任せて。今日は今まで挑戦したことのない本に潜書してもらうことにした。
 白に紫の柄がついた本。これは何の本なのかと織田さんに聞かれて、僕はさあとしか答えられなかった。
「この本はこの図書館に来るために表紙を変えられ、名前を隠されてる。そして、この図書館にしか回ってこない、侵食が進んだ本です」
「なんやのそれ」
「僕らだけに任された本。ということだけ分かればいいよ。でも、皆さんにしてもらうことは変わりません。潜書をし、侵食者を倒せばいい」
 ただし、と僕は念を押した。
「この本には今まで皆さんが見たことのない侵食者がいる可能性があります。徳田さんはそれを見たことあるから、怪しいと思ったら徳田さんに指示を仰いでください。お願いします」
「特別な侵食者がおるってことなん?」
「あくまで可能性であって本当に出会うかは分かりません。その辺りも不確定な本なんです」
 なんやそれと織田さんは呆れた顔だ。そうだろう、でも、気をつけてほしいと僕は言って、皆さんに本の前に立ってもらう。
「では、よく気をつけて。いきます!」
 そうしてぶわりと僕のアルケミストとしての力が本と文士に注ぎ込まれる。エネルギーが激減する。その速度をなるべく落としていく。そうして四人の文士は白に紫の本へと潜書した。
 それを見て、僕はその場に座り込む。ゼエゼエとする呼吸を整えて、立ち上がる。この場に四人以外を連れていなくて良かったと思いながら、僕は潜書の様子を見るために鏡へと手を伸ばした。
- ナノ -