【太宰視点】


 昼になって、俺たちは有碍書に潜書した。メンバーは俺、小林、安吾、徳田だった。
 俺はそっと小林のそばに近寄って、問いかけた。
「昨日さ、杏が小林の部屋から出てきたじゃん?」
「ん、ああ。相談を受けただけだ」
「相談?」
 曰く、喫茶店の店主に子どもが生まれたのだとか。そこで、杏は名付け親になってほしいと頼まれたのだと。

___「子供の名付け親になんてなれないって言ったのに断れなくて」
___「そう気負わなくていいんじゃないか?」
___「そうかなあ」

 でもやっぱり名前は両親からもらいたいだろうし、と司書は寂しげに微笑んでいた。
 そう語った小林に、そっかと俺は安堵した。それにしてもあの店主に子どもが産まれたのなら見てみたい。ていうか奥さんいたんだ。
 そこでおい先に行くよと徳田が言うから、待ってよと俺と小林は駆け出した。


………
【夢主視点】

 夜、散歩にでも行こうかと僕は玄関へと歩いていた。季節は春、夜風は寒いからベージュのコートを着ている。そんな僕に、声をかける人がいた。
「どこいくの?」
「あ、太宰さん」
 こんばんはと言えば、こんばんはと返される。それが少し嬉しく思っていると、また、どこいくのと言われた。この辺りを散歩しようと思ってと言えば、俺も行くと彼は僕の手を掴んだ。その手にどきりとして、ふふと笑ってしまう。温かな手が、心地良かった。

 春の夜、星明かりと電灯の下、手を繋いで歩く。寂れた海辺の町には夜出歩く人はいない。太宰さんと二人きりで歩いていることに、嬉しさと、少しだけ緊張する。何故だろう。そんな風に思っていると、海に近づいた時、太宰さんが言った。
「星、思ったよりたくさん見えるんだな」
「あ、そうだね。町の中だけど、ここはそんなに光がないから」
 都会に行ったらこんなには見えないねと言えば、そうだなと太宰さんは肯定する。そして、戸惑いがちに告げた。
「杏は、どうして小林と仲が良いの」
 その質問に、僕はそうかなと答えた。
「ただ、小林さんってとても鋭い人なだけだよ」
 それだけ、と言えば太宰さんは訳がわからないという顔をする。でも、それでいい。知らなくていい。見なくていい。僕の、愚かで、醜い僕を知らなくていい。
「太宰さんはそのままでいてほしいな」
 拒絶の言葉。だけど、僕は貴方には知られたくないと思ったんだ。

 さあ、そろそろ帰ろう。手を引っ張って来た道を戻れば、太宰さんは物言いたげな目をしながらついてくる。雛鳥みたいと思えば、伝わったみたいに、失礼なこと考えたでしょと言われてしまう。太宰さんも、案外鋭いなあ。
「明日、有魂書に潜書してもらおうと思うんだ」
「有魂書に?」
「はい。小林さんと、坂口さんに」
「そっか」
 また人が増えるんだと言われ、そうだよと僕は答えた。
「文士を増やしたほうが、僕の体の負担が減るからね」
「俺たちって何度も潜書してると不機嫌になるもんね」
「はは、そうだね。だから、皆が疲れないようにローテーションを組もうと思って」
 いいでしょと言えば、太宰さんはいいんじゃないと笑った。それが嬉しくて、僕は少しだけ笑った。
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