【夢主視点】
小林さんの町案内は徳田さんにお願いして、他のみんなには休暇と告げると、僕は自室に戻った。夕飯を作り始めるまで体を休め、夕飯を作ると、皆で集まって夕飯を食べた。
夕飯後、後片付けを済ませて手をタオルで拭いていると、アンタ、と小林さんが僕の前に立っていて、僕はとうとうかと、死刑を待つ囚人のような気持ちで、彼に導かれるまま、図書館の隅へと歩いて行った。
「アンタは人じゃないだろう」
図書館の隅、本棚の間。じっと僕の目を見て告げた小林さんに、僕は曖昧な笑みを返す。そう見えたのかなと言えば、小林さんはその目だと言った。
「人工的な黒色をしてる。目の色を隠して、髪だって、染めたのは白色ではなく黒だろう。どうして人のふりをするんだ」
「小林さんは観察眼に優れてるね」
「曖昧に濁すんじゃない」
俺はアンタを信用したいと告げられて、僕は驚く。プロフィールは頭に入れている。転生をした小林多喜二という人は警戒心が強いと聞いていた、のに。
「俺の直感だが、アンタは、本当のアンタは」
「文士と同じ、だって?」
頷いた小林さんに、僕はふふと笑った。文士と同じ、そうだったとしたらどれだけ良かったことだろう。そう呟いた。
「僕は僕、杏は杏。それ以上でもそれ以下でもないよ。文士なんて、文学に貢献した素晴らしい存在じゃない」
「本当に?」
「うん」
僕はそんな尊い存在より、もっと惨めで、道端の石ころより価値のないもの。
「誰にも望まれなかった。否、望んでくれた人たちを裏切ったんだ」
親はいない。きょうだいもいない。唯一の親戚を守る為、僕は死んだ。そして、今、この世に天性のアルケミストの手で転生をした、化け物。
「小林さん、僕は貴方が思うような文士という尊い存在じゃない」
だから今、選んで欲しいと僕は彼へ手を伸ばした。
「僕について来てくれるか、それとも従わないで、ただの小林さんとしてこの町で暮らすか、選んでください」
僕はなるべく優しく笑った。
「馬鹿みたいだけど僕は、皆さんに幸せになってほしいんだ」
本当はこの図書館で働く中で見つけ出してほしいのだけどと言いながら手を伸ばし続ければ、小林さんは苦しそうな顔で僕の手を掴んだ。
その手の熱さに驚いた。
「アンタがどんな化け物だろうと、俺はアンタについて行こう」
だから、どうか。そう懇願するように囁いた小林さんに、僕は笑った。
「ありがとう」
貴方はやっぱり尊い文士だと僕は笑った。
その光景を遠い本棚の影から太宰さんが見ていたことを知らずに。