1話:初めてのポケモン


 処置が終わったらしい魔物を手に、女性が戻ってきたのはアンディが想定していたよりずっと早い時間だった。
 すっかり元気を取り戻したらしい魔物に良かったと安堵していると、ところで貴方はトレーナーかしらと聞かれた。
「トレーナー?」
「ええ、トレーナーカードはあるかしら?」
「ええっと、持ってないです」
「なら、作成しましょう」
 そう言った女性は引き出しから用紙を取り出してアンディの前に出した。が、アンディはその紙を見て目を点にした。何故なら、全く見たことのない字だったからだ。
「すみません、ちょっと字が読めなくて……」
「あら、他の地方の方だったのね。それなら読み上げて代筆するので質問に答えてくれるかしら」
「はい」
 すらすらと読み上げられる言葉を聞き、質問に答えては女性が用紙に記入していく。特に性別の項目では二度確認されたが、アンディはよく間違えられるんですよと苦笑いした。
 そうして発行されたトレーナーカードの文字はやはりアンディには読めない字だった。そして次はと魔物を抱き寄せられた。
「この子はまだ本調子ではないけれど、凄まじい生命力を持つポケモンだからきっとすぐに良くなるわ」
「ポケモン……」
「ええ、あら、貴方のポケモンではなかったの?」
「いえ、私は森で彼を見つけたので……」
「そう、おかしいわね……」
〈そりゃそうだよ、ぼくは捨てられたからね〉
「捨てられた?!」
「え、ああ、そうね、トレーナーに捨てられたのならこの辺りの森に居てもおかしくないわ」
〈ねえ、お兄さん、ぼくの言葉は普通は人間に聞こえないんだよ〉
「あ、やっぱり?」
「どうかしたの?」
「ああいえ、捨てられたというのは?」
「たまにそういうポケモントレーナーがいるの。強さに固着するあまり、ポケモンを捨てたり、また言うことを聞かないからと捨てたり……」
「それは、あまり人道的ではないですね」
「ええそうね」
 ふうむとアンディは考え、それならこのポケモンの宿主を私にするのはどうでしょうと提案した。その言い方に女性は戸惑いながら、パートナーにするということかしらと言った。パートナーと何度か繰り返し唱えたアンディは、頷いた。
「きみ、私のパートナーになってくれるかな?」
〈いいよ。ところでぼくの種族名はサンド。ニックネームを好きにつけてよ〉
「ニックネームか。ならばボーデンはどうかな?」
 私の国の言葉だけれどと言ったアンディに、それが良いよと魔物改めサンドのボーデンは笑った。
「決まったようね」
「はい」
「ならモンスターボールは持ってる?」
「いいえ」
「そう、じゃあ特別に一つあげるわ」
 はいどうぞと渡された丸い玉に、アンディが困っていると、ボーデンがひょいと玉のボタンを押した。赤い光となって吸い込まれたボーデンにアンディは驚き、三回揺れたのちにぽんっと音を立て、そうしてまた出てきた彼を見てほっとしていた。
「これはポケモンを持ち運ぶ魔法具なんですね」
「魔法具?」
「ええっと機械?」
「あ、ええ、そうね」
 その辺りでアンディはあまり考えないようにしていた事実を知るため、そっと女性に話しかけた。
「すみません、ところでここはどこでしょうか」
「ここ? ここはシンオウ地方のコトブキシティよ」
 アンディは見知らぬ名前に目を点にした。が、すぐに頭を振って考える。もしかして、もしかしたらこれは。
「異界に来てしまったのでは……?」
〈文字も読めないし、服装も見慣れないし、ぼくと喋れるし、可能性はあるよね〉
「私の生きる世界にポケモンはいませんので……」
 確実に異界に来てしまった気がついたアンディは、とりあえず女性(名前をジョーイというらしい)に、ポケモンセンター内の部屋を借りて、しばらくの拠点とすることを誓ったのだった。

 そうして借りた部屋に荷物を置いたアンディに、ボーデンが話しかけた。
〈ところでお兄さんは帰る手立てとかあるの?〉
「私はアンディだよ、ボーデン。で、手立てだけど、無いね」
〈やっぱり〉
「でもそうだな、ここに来ることになった大きな穴にもう一度入れば戻れると思う」
〈ふうん〉
 まあいいや、しばらくよろしくねと笑ったボーデンに、こちらこそとアンディは手を伸ばして握手をしたのだった。



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