0話:どうしてこうなった


 魔法街道5丁目5番地、二階建ての宿屋でアンディは目を覚ました。
 起き上がると身なりを整えて緑色のローブを被る。そして机に向かって羽ペンとインクとノート、いくつかの小瓶をカバンに突っ込む。そしてしばらく迷ってから分厚い本もカバンに入れた。階段を駆け下りると宿屋の女主人がおはようアンディ君と声をかけてきたのでおはようございますとアンディは返事をした。
「今日も月光の森へかい?」
「はい。まだまだ見たことのない植物があるかもしれないので」
「そうかい、研究熱心だねえ。アンディ君は大地の加護があるから大丈夫だろうけれど、迷ったり魔物に遭遇したりしないようにね」
「わかってます」
 アンディは大地と植物への祈りを捧げてから女主人が作った朝食を食べた。そしてしばらくお世話になりましたと女主人に金貨を二枚渡した。
「おや、こんなにいいのかい?」
「柔らかなベッドと明かりをもらったんです。当然ですよ」
「そうかい。それじゃあ、良い旅路を」
「はい、ありがとうございました」
 アンディはそう言うと宿屋から飛び出した。

 駆け足で月光の森にやって来たアンディはついさっきまで滞在していた町の、森を挟んだ反対側の町を目指して歩く。道中、何か知らない植物はないかと探すのも忘れずに、だ。
 光るキノコ(ムーンマッシュルーム)や胞子を放つ綿苔(ワタゴケ)、時折植物や魔法植物を採集しながら、アンディは歩き続ける。そして、ふと立ち止まり、顔を上げると何やら大きな丸い黒い穴があった。
 その暗闇の奥をよく見ると金色の"何か"が見えた。生き物だろうか、しかしどうにも見たことのない生き物に見える。アンディはそう思案した後に、近付かないようしようと判断し、離れた。が、小石があった。
「あっ」
 すっ転んだアンディこと、アンドレアス・コリウスは旺盛な好奇心とほんのちょっぴりの不運で世界を越えるという偉業に触れたのだった。


………


 目を覚ます。アンディは何度か瞬きをして、起き上がった。周囲はどうやら森のようだったが、すぐにアンディは目を輝かせた。彼が生まれてからこのかたずっと、見たこともない聞いたこともない植物ばかりだったからだ。
 早速小瓶を取り出してサンプルを採集し、とりあえず落ち着ける場所をと切り株を探し出してノートを広げた。丁寧に観察記録を残すと、小瓶をコンコンとノックし、平い小指の爪程に小さくすると、また別の真新しい小瓶を取り出してそこに収納した。
 さて、とアンディは考える。とりあえず宿を探してみなければならない。宿を探したら宿賃を聞いて懐事情と相談し、足りなければクエストを受けなければ。そこまで考えてから、ふと視界に何かが目に入った。そう、それは"何か"だった。砂でできたアルマジロ、のような生き物がふらふらと草木を掻き分けて歩き、とすんと倒れた。魔物だろうか、アンディはしばし考えてから、それよりも命が終わるにはまだ若く見えると判断し、その砂でできた生き物に近寄った。
 傷だらけで深い怪我を負っているらしいその魔物に、アンディは戸惑いながら声をかけた。
「きみは、大丈夫かい?」
〈大丈夫にみえるの?〉
「そうは見えないね」
 すると魔物は目を開き、アンディを見上げた。アンディもまた、魔物が喋ったのかと驚いたが、よく考えたらこの魔物は大地に属するものに見えるのでと一人で納得していた。
〈お兄さんぼくの声が聞こえるの〉
「ああそうだね。私は大地のものに好かれるらしいから」
〈ふうん。とりあえずぼくを助けてくれないかな〉
「構わないよ。それで、どうすればいい?」
〈どうするも何も、ポケモンセンターに連れて行ってほしいんだ〉
「ポケモンセンター?」
 アンディははてと首をかしげる。しかし魔物はそれに気を配る余裕もないのだろう。抱き上げて歩いてくれさえすれば、道案内をしようと言った。アンディはわかったと了承し、魔物を抱き上げると指示されるがままに歩いた。
 道中、アンディは様々な見たこともない魔物に出会ったが、彼らの方がさっと離れていった。というより、道を開けてくれているのだとアンディが気がついたのは、獣道に横たわる大きな木をえっこらと魔物達が退かしてくれた時だった。

 やがて森から出ると平原の中、道が続いていた。その道を進むと何やら近代的な町が見えた。手入れされたコンクリート、ガスではなく電気らしい電灯。キョロキョロしながらアンディは魔物が教えてくれた赤い屋根の建物を探し、見つけると腕の中の魔物の怪我に響かぬように注意しながら駆け込んだ。
「すみません!」
「まあ! なんて怪我、ハピナス、治療室の準備を!」
 ピンク色の髪をした女性がどうやら処置をしてくれるらしいと分かったアンディはほっとし、魔物を女性に渡す。女性は必ず助けると告げて、処置室へと駆け込んで行った。

 残されたアンディは、とりあえずあの魔物が治るまではこの町に身を置くかと考えながら、とにかく今は魔物の無事を祈ってポケモンセンター内のソファに座ったのだった。



- ナノ -