9話:森の中


 夜が明けた。ポケモンセンターの壁に貼ってあった地図からすると、ここは203番道路のはずだ。剥き出しの地面に手を当てて軽く目を伏せる。サンドのボーデンが不思議そうにしたが、笑いかけて指先に集中した。心の中で場所が知りたいと言えば、ザアザアとしたノイズ混じりながらも、脳裏にこの辺り一帯の地図が浮かぶ。現在地と近くの町を確認すると、応えてくれた大地を司るもの達に礼を言って手を地面から離した。
〈なにかあったの?〉
「少し確認しただけだよ」
 さて、と私は顔を上げる。大地を司るもの達が伝えてくれるのは基本的に大地の情報だけだ。大まかにその土地の情報も伝えてくれるものの、詳細な植物の情報は教えてくれない。だからここからは地道に自分の足を使った調査が必要なのである。というより、その調査が楽しくて図鑑の作成をしているのだけれど。
〈ヴァッサーは水遊びする!〉
〈ぼくに掛けないでよ〉
「あ、水遊びしたいなら近くに池があったと思う。そっちに行こうか」
〈やったー!〉
 ウパーのヴァッサーがぴょこぴょこと歩き、その不安定な歩き姿をボーデンが少々不安そうに見守る。私としても不安だと思って眺めていたら、ずべっと物の見事に転んだ。
「大丈夫かい?」
〈うええ、ヴァッサーはみずが足りないよお……〉
〈きみってみずタイプだもんね〉
「えっと、みずタイプは水を司るもの達で、ヴァッサーはみずとじめんタイプだったね?」
〈ウパーは水辺に住むんだよう……〉
〈水筒の水は勿体ないから早く池に行こうよ。どこにあるの?〉
「あ、もしかしてエラ呼吸?!」
〈そういうことじゃないんだよう……〉
「皮膚呼吸……?」
〈いいから早く池に行こうよ〉
 ヴァッサーを抱き上げ、ボーデンに急かされるままに先程脳裏に浮かんだ地図を思い出しながら歩く。

 すぐに辿り着いた池にヴァッサーを浸すと、ぶくぶくと泡を上げてもごもごと口を動かし、しばらくしてから一気に水から顔を出した。
〈水だー!!〉
「わ、元気になったね」
〈うるさいぐらいね〉
〈ヴァッサーは水が無くなっちゃうと元気がなくなるんだー〉
 だから水辺でしか生きられないんだと落ち込むヴァッサーに、明日から毎日水浴びの時間を作ろうと私は決めた。今日はサンプル採取の間、この池にいてもらおう。
「じゃあ、私はこの周囲の植物を調べるから、ふたりはここに居てくれるかな?」
〈またポケモンも無しに出歩くつもりなの? せめてヴィントを出して〉
〈ヴァッサーは平気だから、ボーデンはアンディと一緒にいたほうがいいよ〉
「うーん、ヴァッサーはもう平気なのかい?」
〈うん! だってヴァッサーはポケモンだからね!〉
「そっか。でも心配だからヴィントを出しておこうね」
 ナックラーのヴィントにヴァッサーを頼み、私はボーデンを傍らに池から見える範囲の植物を調査する。

 この場所はシダが多いことや、かつて湿地帯だったらしき痕跡などを見つけていると、途中できのみを見つけることがあったので、熟しているものをボーデンやヴァッサー、ヴィントに渡した。
 途中で野生のポケモン達に出会えば、ボーデンが種族名を一つ一つ教えてくれた。ぼくはポケモン図鑑じゃないのだけどとボーデンが機嫌を悪くしたので、それは何かと質問するとポケモンに関する高性能な図鑑だと教えてくれた。
〈著名なポケモン研究家にでも会えば貰えるんじゃない〉
「いくらぐらいかな」
〈いや、貰うものだよ〉
 しかし図鑑があれば暗記しなくて良くなりそうだと、少しばかり思った、のだが。
「え、図鑑をタダで欲しいってどういう精神なの……?」
〈普通は非売品だし、旅だった時に見込みがあれば貰うものだよ〉
「私は見込みがないだろうな」
〈そうだろうね〉
 どうやらポケモン図鑑は夢のままで終わりそうだ。



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