8話:嵐のような少女


 トレーナーズスクールに通い始めて一週間と少し。初級の卒業テストがあった。私はテストの日を知らされた日からテストの為の勉強を重ね、テストに挑んだ。テストは筆記と実技の両方であり、筆記ではバトルの基本であるタイプ相性を主に問われ、実技ではポケモンのブラッシングを試された。
 かくして翌日の結果発表。私は無事卒業テストを合格し、勉強を手伝ってくれたサンドのボーデンと喜びを分かち合った。

 勉強の息抜きに進めていた植物調査も丁度区切りがつきそうだったので、私はコトブキシティのポケモンセンターから旅立つことにした。一箇所に留まっていても得られる情報は限られる。元の世界に戻るために、私は旅立つことにしたのだ。
 そういえばこの世界ではポケモンバトルに勝つと賞金が貰えるらしい。もちろん負ければ相手にお金を払うのだが。そのルールはトレーナーズスクールでも少額に限られて採用されていたらしく、私はわずかに増えた路銀を使って何とか旅支度を整えたのだった。

 さて、旅立ちだ。朝の清々しい空気の中にボーデンを連れて飛び出す。勿論ジョーイさんに挨拶は済ませたし、お世話になったフレンドリィショップの店員にも挨拶をした。卒業時にトレーナーズスクールでの同級生や先生にも挨拶は済ませてある。あとはトレーナーズスクールを紹介してくれたカンナさんと会えたらと思っていたが、全く会うことはなかった。

 コトブキシティからクロガネシティに向けて、頭に叩き込んだマップを頼りに歩いていると、人が一人歩いてきた。腰まであるふわふわの髪を揺らし、青色の目をキッと鋭くして歩いて来ている。美人だが、どうもこのコトブキシティの人間にしては浮くし、鬼のような形相が顔を台無しにしている。その少女はガッと私の前に立つと、叫んだ。
「アンタ!この世界の人に見えない!!アンタも逆ハー狙いね!!」
「……はい?」
 ギャンギャン騒ぐ少女の言葉を私は半分も聞き取れなかったし、意味の分からない単語が多すぎて理解も出来なかった。ぎゃくはーとは何だ、悪女は何となくわかる。性悪と叫んでいるのは聞き取れるが、初対面で何故そう言われねばならないのか。というか、最初にこの少女は【この世界の人に見えない】と言わなかったか。
(世界の違いを見抜けるなんて、実は魔法使いなのか?)
 しかし少女からは魔力を感じない。否、感じはする。魔力とは生命。全てのものに魔力は宿る。つまり、少女からは世界の違いを分かるだけの魔力は感じられなかった。一般的、よりも低いかもしれない微かな魔力だけを感じる。生命活動の維持しか出来なさそうな魔力だ。勿論、だからと言って差別することを魔法使いはしない。むしろ多い方が差別される傾向にある。魔力が多い魔法使いほど、それこそ性悪なものはない。
「ええっと、お嬢さん。落ち着いてください」
「なんなのよ!この世界のヒロインはわたしだけなの!アンタなんか呼んでないし呼ばれるわけないのよ!」
「いえ、ですから、落ち着いてください」
「見かけでわたしの王子様達を騙すつもりね!この性悪女!!」
「あの、私は男ですが」
「そんなの見て分かるわよ、アンタがおん、な、じゃ、ない?」
 あれよく見たら喉にでっぱりもある。と丸い目でじろじろと私を観察する少女。喉にでっぱりとは喉仏のことだろうか。
「あれ、よく見たら貴方男?しかもイケメン……」
 ぶつぶつと何か呟き始めた少女に、私は思い込み激しいのかと苦笑する。
「イケメンと言われましても。とりあえず、私は男です」
「……やっだー!美春ったらうっかり!」
 てへと頭に手を当てる少女はどうやらミハルという名前らしい。
「お兄さん、お前教えてもらってもいいですかぁ?」
「私はアンドレアス・コリウスです」
「きゃー!外国人!かっこいいー!」
「はは……」
 途端に態度を変えたミハルに困惑する。一体何のつもりなのか。どうして私はミハルに絡まれているのか。ボーデンが先程から黙っているのも気になる。
「アンドレアスさんはこれから他の街に行くんですかぁ?わたしも行こうと思ったけど一人は怖くてぇ」
 確かに他の街には行くが、ミハルは明らかに街の出口から歩いて来たし、そもそも一人ではなくポケモンを連れているのではないだろうか。トレーナーではなくとも、この世界の人はポケモンを連れているらしいからだ。しかし、さっきの発言からしてその前提も少々危うい。だって、世界の違いを見抜いているらしいのだ。この世界の普通の人間ではないだろう。
 とりあえず同行したいらしいミハルに私は少し考える。これだけ騒がしくては植物観察はままならないし、下手に野生ポケモンを刺激しそうだ。喋らないボーデンは何やら気に食わないような気配も出していることだし。
「別に私は構いませんが、野宿を沢山する予定ですよ」
 そう告げるとミハルは目を丸くした。
「それならわたしはポケモンセンターで会えるのを待ってますね!アンドレアスさんまた会いましょ!」
 そうして素早く去っていったミハルに、私はホッと息を吐いた。

「朝のあの人、野宿が苦手そうで良かった」
 コトブキシティの外れの外れ。夜の森の中、小さな焚き火の前でボーデンに言えば、ボーデンはふぅとため息を吐いてから言った。
〈でも面倒ごとに巻き込まれるフラグは立ったね〉
 ああやだやだとボーデンは丸くなる。私はそうかもしれないねと言いながら薪を一つ、炎にくべたのだった。



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