文アル宮中/たった一人の朗読会
作業用BGM→命のユースティティア(鏡音レン)


 優しい音色がする。しかしそれは歌ではない。優しい、朗読をする音が聞こえる。
 音をたどり、中庭を通り、玄関ホールを通り、談話室を覗き見て。ようやくたどり着いたのは図書館の奥にある、今使われていない方の談話室だった。かつて図書館を使っていた人たちが使用していたのであろう、そんな粗末な部屋に、その声の持ち主がいた。
 金色の髪がさらりさらりと窓の風で揺れている。一人きりで朗読していたのはボクの書いた詩だった。
 優しい声で、ボクの詩を歌う。至福の時だ、と思った。どんなにキラキラした宝物よりも高価な宝物だと思った。金色の睫毛が赤い瞳を縁取っている。その睫毛がふるりと震えた時、宮沢賢治先生かと安堵したように、詩を朗読していた中原さんは言った。

「たまにこうして朗読したくなるんだ」
 宮沢先生の詩が大好きだから。そう真っ直ぐに伝えられて、ボクは少し照れてしまう。でも中原さんは至って真面目そうに、この詩とか、この詩とかも好きなんだと指でなぞりながら語る。
「前は思わなかったけれど、今こうして戦いに身を置くようになって、先生の詩の全部が、宝石みたいに輝いてみえるようになったんだ」
 前はどう思っていたか、もうとんと昔のことだから朧げになってしまったと中原さんは苦笑した。
 昔のことか、とボクも考える。ボク自身もどこかぼんやりとした思い出が多い。だからこそ、この図書館に転生した文士達は過去に関わったことのある文士に会いに行くのだろう。
 だからきっとそうなのだ。中原さんにとって、過去に関わったことのある文士に並ぶものがボクの詩なのだ。その名誉に、ボクは有り余るものだと感じた。こんなに綺麗な人の、過去を辿る手がかりになるだなんて、昔のボクは考えたこともなかっただろう。
「ボクに、貴方の詩を朗読させてほしいな」
 だからボクはそう選択した。ボクは彼の詩を朗読しても過去を振り返ることはできないだろう。だけど、ボクを愛してくれた、その愛しい人のことを知ることができる。それはきっと、何よりも幸せなことだろう。
 ボクの言葉にぽかんとしていた中原さんはやっと意味を理解したかと思うと、それなら図書館から本を持ってこないとと立ち上がった。日差しの中、さらりさらりと煌めいていた金色の髪が、日差しの名残できらきらと煌めいた。
「中原さんが選んでね」
「ああ、とびきり気に入ってる詩を教えるぜ」
 それは楽しみ、とボクはそっと中原さんの隣でスキップをしたのだった。


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