夢 祝福の月見草


▼ 12*新月の夜

第三者視点


 その日は明るい日差しの降り注ぐ日だった。ミチルはベッドからそっと起き上がり、ぶるりと震える。震える足でカーテンを開き、太陽の光を浴びると、少しばかり安心した様子で手をさすった。
 それは新月の日だった。

 朝食の後、ミチルは部屋に引きこもった。扉越しにしか会話する気がないらしいミチルに、アーサー王やマーリン、円卓の騎士達、そして何よりグィネヴィアが心配した。何があったのか、否、何もなかった筈だ。そうして話し合う皆を見かねたのか、ミチルが扉越しに、体調が悪いだけだと告げた。その声に、皆はもう何も言えなくなった。その声が、本当に消え入りそうなほど、力のない声だったからだ。

 そうして夜になった。ガラハッドは警護の仕事で場内を歩き回っていた。月明かりのない夜、新月の夜は特に魔物や魔神が活発になる。何も無ければいいが、何かあってからでは遅い。兵達に指示を飛ばし、ガラハッドは己の仕事をこなす。神である身をもってしても徹夜はあまり良いものではない。新月の夜の警護は危険であり、ガラハッドにとっては騎士としての誉れであった。何故なら、それだけの力があるとランスロットやアーサー王に信じてもらえたということだからだ。

 そうしてこうしてもう夜中。うつらうつらする兵を交代させたり、魔神を狩ったりしていると、ふっと覚えのある気配がしてガラハッドは顔を上げた。ガラハッド様、どうしましたか。そんな声が兵達から上がる。そこでガラハッドは信頼の置ける部下にその場を一時的に任せ、走り出した。場所は広いガーデンテラス。新月の夜、わずかな星明かりしかないそこに少女は立っていた。
 侵略者と名乗る少女と瓜二つの体躯、しかし彼女とは違う長く白い髪、星明かりの中、何故か爛々と光る黄色くて丸い目。長い髪を揺らめかせて、その少女はミチルと同じ気配をもってそこに立っていた。
「君は誰」
 ガラハッドが静かに剣を向ける。ミチルによく似た、だけど髪の長さが全く違う少女は真剣な面持ちで答えた。
「私が誰なのかはどうでもいいわ。でもそう、必要なら【新月の月乙女】とだけ答えます」
「新月の?」
 ガラハッドが眉を寄せると、新月の少女は浅く頷いた。そして急いだ様子で語る。
「時間がないの、手短に済ませるわ」
「なんの話?」
「この地を月(マスター)が侵略しようとしてる。私はそれを我慢できない。多くの人々の死を受け入れられるものですか」
「君はなんなの」
 ガラハッドがすうっと目を細める。しかし新月の少女は相変わらずミチルと同じ気配をもったまま、動じない。
「私は私。私達(わたし)とは違う私。私はそう思ってる。そう思うようになったの。だからこそ、私は反逆する。偉大なる月(マスター)に私は、愛をもって反逆するの」
「何を言ってるの」
 訳がわからないとガラハッドが剣を向けたまま首を傾げる。詳しくは分からなくていいの、と新月の少女は答えた。
「ミチル(わたし)の唯一の弱点。その救いを教えに来たの」
 その言葉にガラハッドがハッと顔を上げた。その目を新月の少女は強い眼差しで受け止めた。
「貴方がミチル(わたし)の【一番の人】になってほしいの。私を見つけた、貴方なら、きっと」
「待って、一番ってどういうことなの」
「一番大切な人、一番大切な命、月(マスター)には無い、【愛】をもって、お願い」
「愛、愛って?」
「時間が無いの。もう私は、そう、私(新月)はミチル(わたし)と同じ場所には居られない。私達(わたし)は常にその場所(居場所)を奪い合う。そういうものだから」
「待って!」
 さらさらと砂のように消えていく新月の少女に、ガラハッドは剣を下ろして駆け寄る。しかし少女が消えていくのは止まらない。
 お願い、と新月の少女は言った。
「あのミチル(わたし)に祝福を」
 それで全てが解決するのだ、と。新月の少女はそう言って、宙に解けるように消えた。

 一人残されたガラハッドは新月の少女が消えたその場に立ち尽くす。
「一番大切な人、だって」
 そんなの、誰にもなれやしないじゃないか。誰もいないその場所でぼそりと呟かれた彼らしくない弱気な声に、月のない夜は淡い星明かりを地上へと注いでいた。



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