過干渉のマリオネット


03:硝子の杖の魔法使い



加州視点


 ミチトと名乗る少年は俺たちを送り届けると宣言した。しかしその前にと小瓶に入った紫色の液体を飲んだ。それは何と思わず声をかければ、不味そうな顔で、夢羽避けの魔法薬だと言った。
「魔法薬?」
「さっき言ったやつね、念の為に。あー、とりあえず貴方達を返そうと思うんだけどどこ住み?」
「本丸のこと?」
「ホンマル? んー、じゃあ誰か代表、手を挙げて」
 代表なら俺だろうと手を上げれば、ミチトは一瞬目を細めてから、安心するようにと笑った。
「じゃあ貴方に道案内してもらおう。でもイメージするだけでいいよ」
「イメージって」
「帰りたいところを思い出すだけでいいってこと」
「それぐらいなら……」
 俺は頭の中に帰るべき本丸を思い出す。俺たちのを顕現させた主、その霊力が満ちる本丸。夏真っ盛りの強い日差しと、そよ風に揺れて聞こえる木の葉の擦れる音。
 その調子、ミチトが優しく言った。
「そのまま皆、目を閉じて」
 一瞬だからね。ミチトがそう笑った気がした。


 そよぐ風、木の葉のざわめき、夏の匂い。目を開くと俺は門の前、本丸の中に立っていた。
 青年、主であるその人が泣いて赤くなった目で、おかえりなさいと微笑んでくれた。ただいまと応えれば、次々と刀剣男士達が俺たちに駆け寄ってくる。俺の元に真っ先に駆けつけたのは安定で、このバカと抱きしめられた。
「危なくなったと思ったら、主の目の届かないところに行くなんてバカだよ」
「そう言われても、帰ってきたからいいでしょ」
「当たり前だよばか」

 そういった様子で俺たち以外にも、無事再会出来たことへの安堵の言葉が飛び交った。
 その中でミチトをふと見ると、ううんと考え込んでいたが、主に声をかけられてハッとした様子で顔を上げた。
「貴方がこの場所のリーダー?」
「まあ、そのようなものだね」
「そっか。じゃあ、うーん、言い辛いんだけど、多分貴方達は夢羽に目をつけられてる」
「夢羽(むう)?」
 首を傾げて繰り返した主に、ミチトもまた困った顔をした。
「僕も詳しくないんだけど、とりあえず貴方達じゃ夢羽は殺せない。というか夢羽は死というものが無いらしいよ。でね、夢羽ってのは、えーっとご主人様が居てね。ご主人様の命令を遂行するだけの存在らしい」
「かなりふんわりした説明だけど」
「僕も詳しく無いんだってば。だから、えっと、このままだとこの場所は夢羽に襲撃されると思うんだよ」
 確信めいた言葉に、避けられないのならと主は腕を組んで眉を寄せた。
「どうして目をつけられたんだろう」
「さあ? でも夢羽が戦闘するなんて、夢羽が貴方達に何らかの目的があるとしか思えないんだよね。だって夢羽なら痛ぶることもせずにサクッと貴方達を殺せるはずだし」
 そりゃもうサクッとと言うミチトに少しだけ不満を覚えた。これでも腕には自信があるのだ。それをまるで紙切れのように言われるのは納得がいかない。けれど主は別のことに対して納得したらしかった。
「襲撃されるという話の、その最大の理由が戦闘まで持ち込んだということなんだね」
 そしてそれがキミの違和感なんだと言った主に、ミチトは胸を張ってその通りと言った。
「そのとーり! で、僕は、何ていうか、貴方達が夢羽にどうこうされるのを見過ごすことができないんだよね。それにもう貴方達に干渉しちゃったし……」
「キミなら夢羽というものを何とかできるのかい?」
 主が問えば、ミチトは素早く頭を横に振った。
「無理。超無理。でも、夢羽避けの魔法薬とかは持ってこれるし、魔力注ぐだけの即席バリアとかも持ってこれるし使えるし……」
「ん? えっと、魔力?」
 主が首を傾げる。ミチトもまた首を傾げた。先に口を開いたのは主だった。
「霊力ではなく?」
「……あ、自己紹介忘れてたね!」
 ミチトはそこで一歩下がり、くるりと手を回して、何もない場所から硝子の杖を生み出して、華麗に回ってローブをはためかせてから軽く頭を下げて見せた。演技じみたその行動に皆が何も言えずにいると、彼は高らかに告げた。

「僕はミチト・マトリカリア。時間魔法と空間魔法を操って時空を渡るのが趣味な、魔法使いさ!」

 とても信じられないことを言っているのに、ミチトのその言葉には強い説得力があるように思えたのだった。



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