過干渉のマリオネット


13:魔法世界



夢主視点


 その日の夕方、僕は手持ちの即席バリアや夢羽避けの魔法薬が底をつきそうなことに気がついた。そこで審神者さんに相談し、魔法世界に一度帰り、必要なものを購入して戻ってくると決めた。そして、審神者さんはどうせならと僕に付き添う刀を選んだ。それは初期刀の加州さんで、魔法世界とやらを見てきてどんなところだったか教えて欲しいと笑っていた。
 晩、僕と審神者さんが協力することで時空のゲートを僕の本来の世界である魔法世界と繋ぐことに成功した。しかしそれは不安定で、今晩しか保たないだろうと審神者さんは言い、僕も同じ判断をした。それにしても、僕に初期刀を預けてもいいのと審神者さんに言えば、加州清光なら深い縁があるからねと笑われた。なるほど、最悪、加州さんだけを本丸に連れ戻すことができるのか。
 加州さんは大役を任されたと張り切っていたけれど、僕は門の前で加州さんの姿を改めて見た。黒と赤の戦装束を纏い、黒い髪に赤い目をした美青年。しかしここで問題なのは黒い髪だ。僕は持っていたフリーサイズの緑色のローブを取り出すと加州さんにこれで髪を隠してほしいと告げた。
「どうして?」
「僕の世界では黒は特別な意味を持つんだ。だから、あまり見せない方がいいんだよ」
「ふうん」
 まあそれぐらいはいいやと加州さんは緑色のローブを着て、フードもしっかり被った。僕はいつもの黒いローブを仕舞い、生成りのローブを纏った。杖も慎重に仕舞い、これで良しと門の前に立った。
「じゃあ、審神者さん、必ず戻ってるよ」
「いってきまーす」
 いってらっしゃいと審神者さんや刀剣男士の皆に軽く会釈をして、僕と加州さんは門をくぐることで世界を渡った。


 魔法世界、僕の本来生きるべき世界は昼間だった。路地裏に出た僕と加州さんはとりあえずここは何処かを確認しなければと路地裏から大通りに移動した。
 大通りは多くの人で賑わっていて、なるほど日の曜日の市かと納得した。そして街は僕にとって馴染みがありすぎる場所だったので、少々苦々しい顔をしてしまった。どうしたのと加州さんに訊かれ、何でもないよと明るく言うと、僕は加州さんを導くように歩き出した。
 露店を物珍しげに見る加州さんを急かさないように気をつけながら歩き、目当ての店を見つけると、僕は加州さんとその店に入った。カラカラと音を鳴らして入れば、いらっしゃいと緑色の髪と目をした少年が番台にいた。
「久しぶりだねミチト」
「本当に。にしても、この魔法薬屋は相変わらず人がいないね」
「大口の取引先があるからいいんだよ」
 ミチトのようにねと笑った少年は成長期前の14歳ほどの見た目をしている。加州さんが子供が店番してるのと呟いたので、ああ違うよと僕は言った。
「彼は樹の魔法属性持ちだから、寿命がとても長いんだ。えっと、今年で何歳だっけ?」
「28歳になるかな。まあボクの話はいいや。何をお求め? 夢羽避け?」
「それと即席バリア売ってる?」
「即席バリアを魔法薬屋で買おうとするんじゃないよ」
 それは露店で買いなと言って、彼がひょいと金木犀の指輪をした左手を振ると夢羽避けの魔法薬が番台にずらりと並んだ。加州さんが目を丸くしているのがわかる。確かに、何もないところから小瓶が出てきたように見えたら驚くだろう。しかしここは魔法が生きる世界。僕は銀貨と金貨を一枚ずつ出して、魔法薬をごっそりと買った。
「それで、お連れさんは?」
「彼はついてきただけ」
「ふーん、また大変なことに身を投じたわけだね」
 少しは自分を大切にしなよと緑の目に言われて、分かってるよと僕は苦笑した。

 そうして魔法薬屋を出ると簡易バリアを売ってる露店を探した。加州さんにも手伝ってもらい、見つけた店で即席バリアを幾つか購入する。その際、加州さんを見た店主が、嗚呼と笑った。
「キミは……そうかおしのびかい。大丈夫、何も言わないさ」
「え?」
 何のことと加州さんが首を傾げたので、僕は店主によろしく頼むよと伝えた。そうして僕を見た店主が驚きで目を丸くするのを見て、苦笑する。
「本当におしのびなんだ。家に連れ戻されたくなくてね」
「しかし、貴方様は」
「内緒だよ」
 分かりましたと深く頭を下げた店主に、そこまでしなくていいよと僕は露店を後にした。

 加州さんが何か言いたげにしているが、ここは人が多い。秘密を話すには向かないなと歩いていると、馬が目の前に止まった。その黒く美しい毛並みにまさかと顔を上げた。加州さんが僕を守ろうと前に出る前に、その騎手が馬から降り立ち、僕に跪いた。
「ミチト王子様、お迎えに上がりました」
 その声に、僕は加州さんの腕を掴むと騎手から逃げるように時空を超えた。

 しかし超えた先は魔法世界の路地裏の一つだ。本丸に繋がるゲートがある場所とは違うそこで、僕は深呼吸した。加州さんが口を開く。
「王子様って」
「うーん」
「ミチトって王子なの?」
「一応ね」
 さて、隠せなくなってしまった。僕はどうしたものかと何度か口を開いたり閉じたりしてから、目を閉じる。思い浮かぶのは僕の生家、マトリカリア家の屋敷の一室。美しいその家は、僕にとって、僕を縛り付ける場所でしかなかった。
「そうか、だから……」
「なに?」
 加州さんは口を開く。
「だから、ミチトの霊力は高貴なものだったんだね」
 高貴な血筋、その魔力は王の力。だからなのかと加州さんは納得していた。だけど僕にとってはあまり歓迎できるものではない、ただ、異世界において高貴な魔力は勝手がいいのも事実だった。

 だから、だから僕は語る。何もかもが家に管理され、そこから逃げているだけなのだと苦笑する。そんな僕に加州さんはいいんじゃないのと声をかけてた。
「ミチトは若い。まだ、迷う猶予はあるでしょ」
「そう、かな」
 眉を下げて首を傾げれば、加州さんはじゃあと問いかけた。
「じゃあもし、ミチトは王になったら、何がしたいの」
「何もないよ。僕は、異界を渡りたい。異界を渡って、色んな人たちと出会いたい」
「どうして」
「価値観を、知りたいんだ。僕が、狭い箱庭でしか知り得なかった知識じゃ、太刀打ちできないような、絶対的に僕と違う価値観と出会いたい」
「それがミチトの夢?」
「うん、そう。そうだね。僕は、幼心に憧れた英雄になれない。僕には、王の器なんてない。僕は唯、人と出会って、せめて、」
 自然と涙が溢れた。本心が溢れ出す。そうだ、僕は、小さな部屋の中では満足できなかった、ろくでなしの王子。
「せめて、僕は、世界を知りたいんだ……っ!」
 そう、僕は世界が知りたかった。



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