05:美しいものを愛でる

亀甲視点


 朝食後、ご主人様から今日の出陣部隊の発表があった。
「第一部隊隊長、亀甲貞宗。副隊長、加州清光。隊員は獅子王、厚藤四郎、鳴狐、大包平。出陣先は函館。分かっていると思いますが、これは亀甲貞宗の体慣らしでもあります。何かあったらすぐに帰還するように」
「分かったよ」
 ぼくが頷くと、隣の加州もまた、任せてよと笑っていた。加州は世話係、他の刀たちは一時期同じ場所に保管されていた仲間だ。初出陣と初隊長の任に緊張していた体が、少しだけ楽になった気がした。

 戦支度を整えて門の前に立つ。皆が揃うと、ご主人様が門を操作した。電子の板にある項目を指と目の動きで設定すると、キィと門が開く。開いた先は、見知らぬ森。でも其処は、此処とは違う、遥か昔の時代。
「くれぐれも気をつけて」
 ご主人様がぼく達を見渡して言うから、ぼくはなるべく落ち着いてから、頷いたのだった。

 己を持ち、駆け回る、初めての戦場。加州はぼくをよく見てくれた。彼に庇われ、時に庇いながら、ぼくは皆に指示もする。刀として役目を全うせねば。その一心だった。
「亀甲ッ!!」
 叫んだのは厚だった。敵短刀が、ぼくの体に傷をつける。すぐに加州が敵短刀を斬り伏せ、まだ戦っている獅子王と大包平に撤退の指示を出す。すると二人は目を鋭くして敵を斬り伏せ、鳴狐がぼくの元へ駆け寄って来た。
「……歩ける?」
「うん、何とかね」
 情けないなと笑えば、そんな事はないと鳴狐は頭を振った。ひょことお供の狐がぼくの側に近寄った。
「これはいけません! 早く手入れをしなければ!」
「そうかい?」
「ええ、ええそうですとも! 幸い、経験値はきちんと得られています故、お咎めもありませんでしょう!」
 ぼくはその言葉に少し安心して、目を閉じる。少し疲れたな、そう零せば、大包平と獅子王がぼくの体を支えて立ち上がらせてくれた。
「ほら、帰ろうぜ」
 獅子王が柔らかく言うから、ぼくは少しだけ笑みが溢れた。
「うん、帰ろうか」
 でもやっぱり、情けないな。


………


 本丸に帰還すると、厚が連絡しておいてくれたらしく、ご主人様と物吉と薬研が手入れ部屋へと案内してくれた。大きな怪我をしたのはぼくだけだったので、とりあえずぼくが四つある手入れ部屋の一つに入ることが確定。他は適当な順番で入ることになった。
 手入れ部屋に入ると、ご主人様も一緒に部屋に入った。そして、刀を指定の場所に置き、手入れ時間を確認してから、さてとご主人様はぼくを見た。
「怪我の手当てをします。脱ぎなさい」
「えっ」
 さあ早くとご主人様は手当ての道具を出しながら言った。でも脱ぐ、となると戸惑ってしまう。肌を見せることが、ではないし、そもそも医療行為だと分かっているけれど。
「……わかったよ」
 何とか頷いて上着を脱ぐ。怪我は腹、自分で見ても結構血が流れてるのだけど、少女であるご主人様が見ても平気なんだろうか。いや、それよりも。
「あら、これは」
 ご主人様はその細い指でぼくの秘密をなぞった。そう、ぼくには秘密がある。縛られていないとダメになる、そんな秘密。さぞかし驚いただろうと思わず目を伏せた。驚かれるのは当然だろう。でも、ぼくを縛るこの縄が無いと、ぼくはダメになってしまう。そう、ぼくらは基本的に無銘なのだから。
「美しい結び目ね」
 指を縄に這わせたまま、ご主人様はふわりと笑う。その青い目がまるで愛おしいものを見つめるように細められているのを見て、ぼくは唖然とした。
「ご主人様は、驚かないのかい?」
「驚く? どうして?」
「え、いや、だってこれは」
「こんなに美しいのに驚くわけがないでしょう」
 ご主人様はそう言って手を離し、腹の怪我の手当てに移った。

 ご主人様は手当てをしながら語る。私は美しいものを愛でることが好きだ。そして、刀は皆美しいと。
「人の形の美しさだけじゃあないわ。その面で言うと同田貫を例にできるのかも、あの子の人型は一般的にはどこか無骨だと言われているみたいだけれど、あの子にはあの子にしかない美しさが際立ってる。実践刀なのでしょう? 機能美に優れていて、とても美しいわ」
 本人は美しいと言われるのを嫌がるけれど、とご主人様は微笑む。その笑みを見た瞬間、この人はぼく達刀を、刀剣男士を愛しているのだと自覚し、事実を突きつけられたようだった。
 そして、ハッとする。ぼくはその事に気がついていなかった。つまり不安に思っていたのか、と。

 手入れを終えて、ご主人様はぼくに寝間着の浴衣を差し出した。
「手入れが終わるまで寝ているといいわ。手入れが終われば怪我が全て治るから安心して」
 それじゃあ私は行くわとご主人様は立ち上がり、金色の髪を揺らして、そう言えばと振り返った。
「出陣はある程度のローテーションを組んでるの。とりあえずしばらく出陣は無いからそのつもりでいなさいね」
 わかったよと返事をすれば、ご主人様はそれじゃあねと今度こそ部屋を出て行ったのだった。



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