04:体を大事にすること

亀甲視点、途中から夢主視点


 今日の内番は畑当番。春の日、暖かな陽射しの中での作業に、加州と獅子王が昨日に引き続き手伝ってくれた。ご主人様は体に馴れろと言ったからと思って精一杯畑仕事をすれば、加州と獅子王から、頑張り過ぎだよと言われてしまった。どうすればいいんだろう。
「それなりに頑張ればいいの。じゃないと続かないよ」
「続ける?」
「そうだぜ! 亀甲は新入りだから明日何やるか分かんないけど、今後畑当番を一週間こなすかもしれないだろ? その時にそんなペースだったら倒れるって」
「こんな程度では倒れないよ」
 戦じゃあるまいしと考えていると、そうじゃないと加州が言った。
「人間の体は案外脆いの」
 びしっと彼はぼくの胸を指差した。
「この体は人間と違うけれど、限りなく人間に近いの。怪我もすれば、疲労で倒れることだってあるわけ」
 倒れたりなんかしたら主が悲しむでしょと言われて、ご主人様が悲しむのかと意外に思った。顕現した時から感じている違和感だけではない。今日の畑当番を指示するときも昨日の朝と同じで、どこか冷たくて無機質な印象を受けたからだ。
「ぼくらは刀だよ」
「違うって。俺たちは刀剣男士なの」
 仮初めの体であっても大事にしなくちゃと加州は笑っていた。獅子王はそんな加州を見て、眩しそうに目を細める。

 休憩だと言った加州がお茶をもらいに厨に行っている間、ぼくはさっき目を細めていた獅子王に理由を聞いた。すると獅子王は、そうだなあと慈愛の顔を見せた。
「加州ってさ、ああやって綺麗にしてるけど、実戦刀と言えるんだ。だからさ、最初は不安がって、勝つことに拘ってた。使えなきゃ意味ないって怯えてたんだ」
「刀としての意識が強かったということ?」
「そう。だからさ、ああやって自分の体を大事にできるようになったことが嬉しいんだ。俺は、逆にあんまり戦とか出たことなかったからさ」
 体を大事にするって、人間にとって当たり前のことだけど、とても大切なことだと獅子王は大人びた微笑みを見せた。その笑みに、ああこの刀は長い時を生きた刀だったと、改めて思い知らされた。いくら明るく笑おうが、無邪気にしていようが、彼は長くを生きた刀なのだ、と。


 夜。晩御飯後に散歩でもしてみようかと、庭に出た。戦に出してもらえないと分かる度に、体が鈍っていくような気がして少し不安になる。はあとため息を吐くと、他の部屋から離れた、灯りのついた部屋を見つける。誰がいるのだろうと近付くと戸が開き、三日月が見えた。
「散歩でもするか」
「必要ないわ」
「しかし根を詰め過ぎるのも良くなかろう」
「……はあ、諦めが悪いのね」
「そうだな」
 三日月はくつくつと笑い、ふとぼくを見つけておやと驚いた顔をした。ご主人様もまたぼくを見つけ、あらと小首を傾げた。
「あら、貴方は亀甲じゃない」
「うん、亀甲だよ。ご主人様、こんな遅くまで仕事なの?」
「ええ、書類が山ほどあるの」
 部屋の中の白熱灯の光を浴びて、ふわりと輝く金色の髪と青い目。その姿にやっぱり違和感を感じた。何というのか、ご主人様を覆うように何かを感じる。そう、それはまるで強い加護があるかのような。
「亀甲?」
「あ、ああごめんねご主人様、何だい?」
 不審がられた事に慌てれば、ご主人様は頭を振った。
「いえ、少しぼうっとしているようだったから。何もないなら良いわ。貴方も早く寝なさい。明日から出陣部隊に組み込むわ」
「本当かい?!」
 思わず食いつけば、ご主人様はふふと笑った。
「ええ、本当よ。だからちゃんと眠って明日に備えなさい」
「うん!」
 その言葉が嬉しくて、ぼくはおやすみなさいとその場を駆け出した。早くお風呂に入って寝よう。頭の中は明日の出陣でいっぱいで、ぼくは知らず知らずのうちに笑みが溢れるのを感じた。


………


「主、亀甲を戦場に出すのは早いのではないか?」
 三日月の言葉に、そうでもないでしょうと私は答えた。
「いつもより早いけれど、あの子はもうお父様の力に慣れているわ。受け入れやすい子なのね」
「そうは見えないが」
「あら、そうかしら。ふうん、多少の違和感を感じているの?」
「そうだろうな」
 その言葉に、刀剣男士たる三日月が言うならそうなのだろうと確信した。だが、発言を撤回するつもりは無かった。
「そう、ならば戦場に出して、手入れをすれば違和感も消えるでしょう」
「そうだな」
 同意の言葉に、さあ、部屋に戻って出陣部隊を見直しましょうと私はくるりと方向転換して部屋に戻った。背後では三日月がやれやれと嘆いていて、適度な休憩は取ってるわと伝えたが、足りるとは思えないがと不満そうに言われた。でも、休憩をきちんと取ってることは確かなのだから、三日月の不満は聞かなかった事にして、明日の出陣部隊の編成を書いた紙を机の片隅から取り上げたのだった。



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