03:初仕事はお洗濯

亀甲視点


 次の日の朝。世話係の加州が呼びに来てくれて、二人で食堂に向かった。この本丸の刀達は早起きらしく、食堂にはおそらく殆どの刀が揃っていた。昨日の本丸案内で出会わなかった刀と軽い自己紹介をしたりしながら、言われるままに席に着く。とりあえず箸の使い方や作法は分かるかなと歌仙に言われて、何となく頭に浮かんだ事を言えば、合ってるよと微笑んでくれた。顕現する際の情報は個体差があるからねと加州が補足してくれて、加州の隣に座る大和守が自分は最初分からなかったから加州に教えてもらったんだよねと教えてくれた。
 皆が揃うと三日月と共にご主人様が食堂へやってきた。自然と皆の私語が消え、背筋が伸びる。
 食事の前にとご主人様はぼくの名を呼んだ。
「もう知っている者も居ると思いますが、彼は昨日顕現した亀甲貞宗です。世話係は加州に頼みましたが、まだ顕現したてで分からないことが多いでしょう。なので、これまで通りに皆さん気にかけてください」
 ぼくはよろしくと頭を軽く下げる。よろしくなと真っ先に声を上げたのは赤い髪をした短刀、愛染。次にその横の蛍丸。蛍丸の隣に座る太刀の明石は軽く手を振るだけだ。声を上げたのは金髪に黒いジャージの獅子王もで、隣には厚と鳴狐の姿も見えた。大包平や三日月も含めれば馴染みのある顔で、少し安心した。大包平の隣に座るのは鶯丸という刀だろうか、かつて大包平と獅子王から聞いた特徴と似ていた。
 そうしてご主人様の号令で食事が始まった。一気に賑やかになり、時折上がるおかわりの声に歌仙と燭台切が対応していた。そしてぼくは、初めて見るごはんだろうからと言って加州が丁寧におかずや味噌汁の具材の説明をしてくれた。食材の名前と味を覚えておくと厨当番になった時に便利だから、という事らしい。厨当番は刀の仕事の範疇なのかなと思ったが黙っておいた。

 食事が終わると、本日の出陣部隊の発表があった。そして次に、昨日割り振られたという内番の変更点を挙げた。
「亀甲が顕現したので出陣部隊を先ほどの通りに編成し直しました。内番の変更点は薬研が手入れ補助班へ加わり、洗濯班を亀甲と加州に入れ替えます」
「え」
 思わず小さな声を上げてしまうと、ご主人様がこちらへ視線を向けた。
「体が馴染むまで内番をしてもらいます。上手く刀を振るえないのに戦場へ出すわけには行きません」
 以上。とご主人様は言って席を立った。いつも通り執務室に居るので何かあれば部屋の前の三日月に話を通す事と、最後に言って食堂を出て行ってしまった。


 洗濯カゴを前に、洗濯かあと落ち込んでいると、最初は仕方ないよと加州が言ってくれた。
「俺も最初は庭掃除だったしね」
「俺は馬当番だった!」
 そう言ってひょこと洗濯機のある小屋に顔を出したのは獅子王で、手伝うぜと彼はにっこり笑った。
「助かるよ」
「知り合いだし、同じ本丸の仲間だし、当然だって。それに、俺も最初は山姥切が手伝ってくれたし」
「ほんと、獅子王は来た時からコミュ力高かったよね」
「そうかあ?」
 山姥切とは誰だろうと思っていると、素早く察知したらしい加州が、布を被っていた刀だよと教えてくれた。ああ、あの金色の髪をした。
「とても綺麗な刀だったね」
 どうして布を被っているんだろう、何か隠し事でもあるのかなと呟くと、加州と獅子王は苦笑した。
「まあ、何ていうか、あいつも色々あるのよね」
「とりあえずちゃっちゃと洗濯機回しちまおうぜ!」
 そう言われて、分かったよとぼくは頷いた。

 四苦八苦しながら洗濯機の操作法を教えてもらい、さらに洗濯機で洗えない着物なんかは手で洗うそうで、ぼくらは洗濯板と格闘し始めた。その際に、ぼくはそっと隣で泡まみれになってる獅子王に問いかけた。
「ご主人様っていつもあんな感じなの?」
「ん?」
 不思議そうに首を傾げた獅子王はやがて、嗚呼、と合点がいった様子で答えてくれた。
「ぱっと見は冷たい人だけど、懐に入れた刀には優しい人だぜ」
「そうなの?」
「まだ最低限の会話しかしてないんだろ? そのうち分かるからさ、安心していいぜ」
「そっか、分かったよ」
 誉をとったらご褒美くれるし、定期的に部屋替えもしてくれるしと指折り教えてくれる獅子王に、でもと言おうとして口を閉じる。

 瞼の裏に浮かぶご主人様の姿、その姿に顕現した時に感じた違和感が纏わりついて、絡まって離れなかった。何が違和感となっているのだろうと考えようとして、ふと、ぼくはこんな風に考える刀じゃないのにと気がつく。ぼく、亀甲貞宗がご主人様に違和感を抱くなんて殆ど無いはずで、ぼく自身としてもどんなご主人様でも素直についていくつもりだったのになと思って、ちょっぴり凹んでしまったのだった。



- ナノ -