14:次の手段

亀甲視点、途中だけ夢主視点


 誉をとって、ご主人様が焼いてくれたクッキーをみんなで食べた次の日。昨日の出陣の疲れがあるだろうからと休暇を与えられたものの、何かしていたくて厨当番を手伝っていた。そんな時、ひょいと三日月がやって来て、おいでとぼくを呼んでからさっさと歩き出してしまった。だからぼくは厨当番の燭台切と大倶利伽羅に一言告げて、三日月を追いかけてご主人様の部屋へと向かった。

 主や、そう言って三日月はご主人様の部屋の障子戸を開く。ご主人様は筆を止めてくるりと三日月を見上げた。どうしたのと不思議そうなご主人様に、三日月は実はなと口を開いた。
「俺もたまには出陣したいと思ってな」
「突然ね」
「午後の予定なら今からでも変えられるだろう。それに、代わりも連れてきた」
 代わりと視線を向けられたのはぼくで、どういうことなのかとぼくは三日月を見てから、縋るようにご主人様を見つめた。
「ごめん、ちょっとよく分からないのだけど」
「ああ、代わりと言うのは近侍代理のことよ。三日月が外に出たい時は自分で代理を探すように言いつけてるの」
 その様子だと何も説明されてないのねと呆れ顔のご主人様に三日月は、はっはっはと笑うとだけだった。
 言い出したら聞かないのだから仕方ないわと、ご主人様は紙を一枚と刀帳を取り出して午後の出陣部隊を変更し始めた。

 ということで、三日月は午後からの出陣部隊として悠々と部隊の刀達と共に門から出て行った。
 その間、ぼくは近侍代理をすることになる。何をすればいいのかと緊張していると、ご主人様は呼んだら来てくれればいいわと言うだけだった。
「それだけかい?」
「ええ、それだけよ」
 何も難しいことはないわとご主人様は笑う。ぼくはそうなのかと少しだけ寂しく思ったが、放置プレイだと思えば何とか乗り越えられそうだった。

 ご主人様の部屋の中に入れてもらって、ご主人様の仕事風景を見る。ご主人様の背中は小さい。金色の髪がさらりと揺れて、画面と紙面を行き来する。青い瞳が鋭く尖って見えた。
 ぼくはそっと、仕事だという電子画面を見つめた。書いてあることの殆どはぼくにはさっぱり分からない。だけど、時折刀剣男士の画像と刀の画像、そして【この本丸ではない本丸の情報】が流れていった。
 そしてぼくはそんなそれらに違和感覚えると同時に納得する。だってそれらの情報は、本丸が襲撃されたことと組み合わせると意味を成す。
「私の仕事が気になるの」
 ふと、ご主人様がこちらを見ずに言った。だからぼくは、うんと答えた。するとご主人様はそうね、と呟いた。
「私が行っているのは、そうね、所謂スパイ活動というところかしら」
「スパイ活動?」
「お父様に、政府と本丸の情報を流すの。隠密活動と言えばいいかしら」
 ご主人様はこちらを見ない。鋭い目で、流れ続ける大量の情報を見つめ、必要なものを写し取っていく。
「【非正規の不法本丸】他からはそう呼ばれているようね」
 少なくとも政府の記録にはそうあるわと、ご主人様はまるで僕らを褒めるような軽やかさで言った。
 そしてぼくは、ああ、予想が当たったのだと深く納得していた。あの時感じた直感は間違っていなかったのだ、と。
 そこで、ご主人様はようやくぼくへと振り返る。
「私たちの敵は時間遡行軍と共に検非違使、時の政府となるわ」
「そう、なってしまうんだね」
「初めからそういうものよ」
 時の他の本丸も敵ねとご主人様はことも無さげに言う。そして、金色の睫毛を揺らして瞬きをした。
「決して貴方達から褒められるものではないと分かっているわ。それでも私はお父様に愛されているなら、何だってできるの」
 お父様、その言葉に反応する。
「お父様にとっては時間遡行軍も検非違使も時の政府も邪魔なものでしかない。それは私にとってもそうであるということ」
 まただ。ご主人様はまた、お父様のことを口にする。
「この地球を制圧する為の布石として"私"はここに居るの」
 ねえ、お父様とは何者なの。ご主人様は一体何を言っているの。理解が追いつかない。何より、ご主人様は何かとても恐ろしいことを言っている。それだけは、分かった。
「しばらく休憩をとるわ。貴方も休みなさい」
 ご主人様はそう言って立ち上がり、部屋を出て行ってしまった。

 残されたぼくは、そのままにされたご主人様の"仕事"を見つめて、深く深く考える。
(お父様に愛されているとご主人様は言った)
 何故だろう何かが頭の片隅に引っかかった。


………


 気配を殺し、周囲に気を配りながら鍛刀部屋へと向かう。部屋に入ると熱気がした。鍛刀システムを確認し、一振りの刀が出来上がっていることを確認した。手の震えを抑え、慎重にその刀を手に取る。どこかの血の色に似た刀身、大きさは短刀。ああ、これで。
「これで、私は次の手段を持てる」
 震える体でその刀を抱きしめた。私の体に呼応するように、その刀もカタカタと震えた。私の体は震えていた。
「大丈夫、私はお父様に愛されている」
 愛されている。私は愛されている。愛されている。愛されている。愛されている。愛されている。愛されている。愛されている。愛されている。愛されている。愛されている。愛されている。愛されている。愛されている。愛されている。愛されている。愛されている。愛されている。愛されている。愛されている。愛されている。私は愛されているのだから。
「何も、怖くない」
 声は震えていた。


………


 近侍代理をしたその晩、ぼくはそっと夜の散歩に出た。少し思考を整理したかったのだ。部屋にこもっていても行き詰まるだけで何も解決しない。この体と思考を手に入れてからまだ二週間程度だけど、ぼくはそう学習した。
 外を歩いていると、亀甲ではないかと声をかけられる。振り返れば、三日月が骨喰と共に立っていた。
 骨喰はぼくを見ると会釈をした。なのでぼくも会釈を返すと、三日月が口を開いた。
「何か考え事か?」
「……ご主人様のこと、三日月は知ってたの?」
 骨喰のことを気にしてぼかして言えば、三日月は目を細めて、どこか遠いところを見るような目をした。
「そうさなあ、知っていたが、知らなかったな」
「どういうこと?」
「知らないふりをしていたということさ」
 骨喰もそうだろうと三日月が言うと、そうだなと骨喰は頷いた。ぼくはそのことに驚いて、これは本丸の周知の事実だったのだと気がついた。

 だから、だからこそぼくは考える。考えて、考えた末に。
「三日月、少し手伝ってくれるかな」
 ぼくは、このままではいけないと思った。
「ああ、お前の考えることはきっと、」
 三日月はそこで一度区切り、息を吐く。そして肩の力をそっと抜いた。
「皆賛成するだろうさ」
 そうして柔らかく微笑んだ笑みは、ご主人様の笑顔よりずっと人間らしかった。



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