13:初めての誉

夢主視点


 その日の戦績は、出陣部隊に組み込んでいた亀甲が知らせに来た。隊長の役目ではなかったかと思いながらも、戦績を聞いて、私は驚いた。
「誉をとったのね」
「うん!」
 まだ来て日が浅いのに、誉を取るなんて相当努力したのだろう。それに初めての誉だ。何か特別な褒美が必要だろう。
「何か褒美はいるかしら」
 大抵のことなら与えてあげられるわと伝えれば、亀甲はもう決めてるんだと微笑んだ。
「ご主人様の、手作りのごはんが食べたいな」
 思わず目を丸くしてぽかんとしてしまってから、こほんと咳をして、なんとか言葉を発する。
「私の手作りなんて食べても褒美にならないでしょう?」
「そんなことない! ご主人様が僕のことを思って作ってくれた食べ物は、きっと何よりも美味しいよ」
「……わかったわ」
 そこまで欲しいのならと頷けば、亀甲は楽しみだなと顔を綻ばせた。
 その笑顔を見て、この刀はいつも、幸せそうな、他とは違う顔をすると考えた。
 少しだけ不可解に思いながら、厨当番の居る台所へと向かうべく、部屋を出る。すると三日月が用事かと言うので誉の褒美よと言えば、ならば付いて行こうと言った。全部聞こえていた筈だろうに。

 台所に着くと蜻蛉切と乱が当番をこなしていた。厨当番の片割れである乱に相談すると、お料理は難しいからお菓子にしようよとレシピ本を引っ張り出してきた。その中で亀甲が目を留めたのはクッキーで、じゃあそれにしようかと乱は楽しそうに言った。

 そして、私は粉を振るい、バターを計り、クッキーをレシピ通りに作る。指南役の乱は兎も角として、何故か亀甲も共に。
「私があなたにあげるんじゃないの」
「じゃあ僕が作ったクッキーはご主人様にあげるね」
「そ、そう……」
「あ! あるじさん、それもう混ざってるよ」
「これぐらいで良いの?」
「あとボクもあるじさんの作ったクッキー食べたいな」
「え、乱まで」
「俺もだぞ」
「三日月……」
 後ろで蜻蛉切の淹れた茶を飲んでいる三日月を恨めしく見れば、はっはっはと誤魔化された。
 でも亀甲は嬉しそうに語る。
「ふふ、ほらみんな食べたいんだ。クッキーはみんなで食べよう」
「でもこれは亀甲の誉の褒美だったはずじゃないの」
「ふふ、そうだね。じゃあ僕だけ特別なクッキーを作って?」
「ええっと」
「そうだな、このクッキー型が良いな」
「ハート?」
「そうだね」
 その形を見て少しだけ迷う。ハートには様々な意味が付いて回ることがある。ただ、守りの印というだけであれば良いのだけれど、私には亀甲が何を思っているのか分からない。ただ、私の返答を心待ちにしている様子なのは分かった。
「別にいいけれど」
「ほんとうかい! 嬉しいな」
 顔を緩めてまるで花が咲く様な笑みを浮かべた亀甲に私は何かを感じたが、それよりも気になることを甚だ疑問だと言ってため息を吐いた。
「何でみんなして喜ぶのかしら。燭台切たちが作ったほうが美味しいのに」
 するとそれは違うよと直ぐに亀甲が否定した。
「それは違うよ。ご主人様が僕たちを思って作ってくれたものが良いんだ」
「分からないわ」
「そっか」
 即答すれば、そういうものなんだよ、と亀甲は微笑んだ。その顔がどこか、寂し、そう、な。
(いえ、今は慣れない作業に集中しないと)
 考えてはいけないと、私は目の前の作業に集中した。

 考えてしまえば、私は何かを失ってしまう。そんな危険信号が、脳味噌に似た場所で鳴り響いていた。



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