12:必要としたいんだ

亀甲視点、途中から夢主視点


 朝餉の後。ご主人様はいつも通りに皆の前で出陣部隊の発表をした。その体には怪我を覆うガーゼが見えて痛々しい。薬研が手当てしたんだよと教えてくれたのは加州だった。
「主には手入れが使えないから、いつも薬研が手当てして、自然治癒を待つの」
「そう、なんだ」
 その時、どうかしたとご主人様の目がこちらに向いた。何でもないよと頭を振れば、そう、とご主人様は最後に皆怪我に気をつけるようにと締めくくって食堂を出て行った。

 ご主人様が何者であるのか、そしてお父様とは何者なのか。尽きない疑問を、ひとりぼっちの自室で考える。休暇を与えられてしまい、他のことに没頭するのも難しい。困ったなと思い、悩んでいても仕方ないと立ち上がった時、ふっとぼくの部屋に獅子王がやって来た。彼がぼくの部屋にやって来ることは珍しいことで、どうしたのと声をかけると、獅子王はそのまっすぐな刃色の目で言った。
「来派に話を聞くといいぜ。少しは参考になるだろ」
 そして無表情を崩してほろりと優しく笑った獅子王は頑張れよとぼくの背中を押して、ぼくは来派の部屋へと向かった。

 来派の部屋に着くと、声をかける。するとするりと襖が開き、亀甲かと戸を開いた愛染が笑った。
「どうしたんだ? っても、決まってるか」
 話しならするぜと愛染がぼくの手を取って部屋に導く。来派の部屋は所々に焼きお菓子が常備してあったり、ゲーム機があったりする、賑やかそうな部屋だった。
 その中で、来てしもうたんかと、蛍丸を撫でていた明石が振り返った。

 明石は二人を少し下げ、ぼくと向き合う。ぼくは明石の前に座った。さて、なにから話しましょ、明石は少し寂しそうな目をしていた。
 それはある日のことだった。
「こっそり抜け出して万屋街に行ったことがあるんよ」
 明石は、三人でちょっと買いたいものがあったのだと苦笑した。
「まあ主はんにはばれとったかもしれませんけど、そこはどうでもええんですわ」
「"何か"あったんだね」
「"何か"やない。"誰か"に会ったってわけですわ」
「誰かって」
「他の審神者はんと、一緒に歩く主はん、否、雪芽はんを見たんです」
「え?」
 言われた言葉が理解できなくて、脳内でしばらく同じ言葉を繰り返す。ご主人様がほかの審神者と歩いていた。滅多に外に出ない、ご主人様が。
 そこに口を挟んだのは愛染だった。
「当然だけどよ、その日は主さんは一日中本丸にいたぜ。それはちゃんと三日月さんが確認してる。でも俺たちが外で見たのも雪芽さんだったんだ」
「え、それって」
「主じゃない主がいるってこと。でね、これって多分」
「蛍、それ以上は言うたらあきまへん」
「でも国行!」
 蛍丸が不満そうに、必死そうに明石を見上げる。明石は頭を横に振り、愛染は蛍丸の手を握っていた。
「ご主人様は、複数いるってこと? それはその、双子とかではなくて?」
「そうでっしゃろな。あれはどう見ても主はんと同じ雪芽はんやった。で、その雪芽はんは主はんとは違う本丸にいるらしい。しかも、審神者としてではないってことですわ」
「……もし、それが本当だとしたら、ご主人様は」
 ぼくが言い淀むと、蛍丸はやっぱりと口を開く。
「やっぱりそう思うよね。でもね、亀甲。俺たちはその答えがとても怖いと思ってる。それは俺たちにとってだけじゃなくて」
「ご主人様にとっても」
「そう、そうだよ」
 そうなんだよと蛍丸は目を潤ませた。

 来派が見た、それが本当だとしたら。ご主人様はぼくらとよく似た存在なのかもしれない。
 本霊があり、分霊がある。ぼくらは本霊のコピーである分霊だ。そのことをぼくらはよく分かっている。武器として、そうやって必要とされているから。
 だけどご主人様は、刀ではないご主人様は、どう思っているのだろう。自分と同じものが他にもいるということ、その事を、どう思うのだろう。恐ろしいだろうか、怖いと思うだろうか。分からない、分からないけれど。

「なあ亀甲さん」
「どうしたんだい」
「俺は、主さんのこと、大好きだ。だって誉を取れば褒めてくれる。明石と蛍丸も諦めずに探し出してくれた。だからさ、俺」
「うん」
「俺にはどうしようも出来ないかもしんないけど、俺たちはやっぱり主さんを助けたいって思うんだ」
 それが来派の総意だと、愛染は金色の目を強く光らせて言った。ぼくはその言葉に、ああその通りだと頷いた。ご主人様が何であったっていい。ご主人様は、あの日ぼくを歓迎してくれた。必要としてくれたんだ。
「それは、ぼくも同じだよ」
 だから、今度はぼくがご主人様を必要としたい。そう思えたんだ。


………


 手の中にある、もう使い物にならない寸鉄を見つめる。私の邪魔をした亀甲。本来ならば刀解しなければいけないだろう。だけど。

___それでも、目を覚ましたぼくに初めて挨拶をしてくれたのはご主人様だ。手入れで治る傷を、意味も無いのに手当てしてくれたのはご主人様だ。誉を取れば褒美を手渡してくれるのだってご主人様なんだ。

___ご主人様、お願い。自分が主ではないなんて言わないでよ。

 どうしてだろう。心臓部が脈を打つ。仮想の内臓と、擬似人格が悲鳴を上げている。

彼を殺さないで!

 擬似人格が、擬似感情が、叫んでいる。なんだこれは、一体、なんだって言うんだ。
 否、私は知ってる。擬似人格に与えられた、感情のリストに、この"気持ち"が載っている。

「こんなの、こんなのはだめ。だって私は、私は」

 そう、私は。言葉を発するたびに痛む怪我、それでも、私は言わなくては。

「お父様だけに愛されているのに」

 扉の向こう、三日月が静かにしていてくれるのがせめてもの救いだった。



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