11:襲撃

亀甲視点


 演練から帰り、無事を確かめ合ってから皆いつも通りに内番を行った。ついでだから普段はしない大掃除もしてしまおうと、刀達は張り切って屋敷の大掃除を行った。
 ご主人様はその間ずっと執務室に篭り、なにやら書類とかを作成しているらしかった。三日月に頼めば誰でもご主人様に面会できたけど、忙しそうだからと皆して遠慮していた。かくいうぼくも、遠慮した一人だった。それに何か、嫌な予感がしていたのだ。それはそう、あの男装の審神者に感じた、本能からの警告。ぼくの中の刀としての本能のようなものが、あの男装の審神者に注意しろと叫んでいる。今、ここに彼女がいるわけでもないのに。

 そうして夕餉も食べ、お風呂も入り、夜に寝た後。早朝、朝方、否、日がまだ昇りきっていない朝焼けの時。ガタッと音がした。最初に叫び声をあげたのは、ご主人様の夜の警護をしていた前田藤四郎だった。
「敵襲ーー!!」
 その声に飛び起きて、ぼくは最低限動けるようにしてから本体を手に部屋を飛び出した。すぐ近くの部屋の加州と大和守が、状況把握の為にご主人様の元に行こうと言った。
「亀甲はまだ練度が低い、主と一緒にいてもらいたいの!」
「足手まといだからじゃないよ。唯、状況を纏める参謀が主には必要なんだ」
 行こうと二人に連れられてぼくは走る。
 途中、侵入者の姿が見えて、ぼくは目を見開く。そこには、この本丸の小狐丸でない、小狐丸の姿があったのだ。
(他の本丸からの襲撃ということか!)
 敵の小狐丸の相手はこの本丸の小狐丸と大倶利伽羅が行っていた。
 走り続けていると、ひゅっと目の前に何かが現れた。加州の伏せてとの叫び声で頭を下げる。目の前に現れたのは、明石国行、その刀。
「安定頼んだ!」
「任せて!」
 加州と一緒に不意をついて、敵の明石の両隣をすり抜ける。一瞬だけ後ろを振り返れば、大和守に堀川と山伏が加勢していた。
 怒号と、罵声と、破壊音と。様々な音がする中で、ぼくは加州と共にご主人様の元へ辿り着いた。そこでは三日月が敵の蛍丸と一騎打ちになっており、加州がすぐに助太刀した。
 三日月が、主なら奥の部屋で侵入した審神者と対峙していると叫んで教えてくれた。ぼくは執務室にあった引き戸を打ち破り、ご主人様を確認する。すると、床に打ち付けられたご主人様の首に敵の今剣の刃が迫っていた。
 ぼくは急いで今剣の姿勢を崩すべく体当たりをし、今剣を退かせる。そしてご主人様に再び刃を向けようとする敵の今剣に、ぼくは何とか応戦しようとした。しかし相手は極の今剣。しかも練度も連結もしっかりと行われているのだろう。ぼくは何度も怪我を負いながら、ご主人様だけは守らなければとご主人様に向けて叫ぶ。
「逃げて! ここにいちゃダメだ!」
 ご主人様がこの言葉で何処かへ逃げてくれることを期待して、ぼくは目の前の敵の今剣に集中する。大丈夫。短刀は極めたといえど生存値の低さが弱点だ。少しでも刃が通れば勝算はあるはず。

 そうして何度も刃を交わしていてると、突然今剣の手が止まり、あるじさまと叫ぶ。何事かと振り返れば、そこにはご主人様と、敵の審神者。そう、あの男装の審神者に、ご主人様が馬乗りとなっていた。
 そして、その手にキラリと黒く光る、鋭い何か。
「ご主人様!!」
 何か恐ろしい事をしようとしている。そう勘付いて、ぼくは今剣から離れてご主人様の体を取り押さえた。ご主人様はもがき、離してと叫ぶ。手にあったものを確認すると、それは寸鉄と呼ばれる殺傷力の高い暗器だった。さっと頭の血が引いた。
「っ、ダメだよご主人様。それだけはダメだ」
「離して、今ここでこの人間を殺さないと情報が向こうに渡ってしまう!」
「それでもダメだよ。ご主人様はその手を血で汚しちゃいけない」
「そんなの!」
「これは僕らの仕事だ。雪芽は僕らの主なんだろう」
「っ!!」
 少々力を込めて名前を呼んだことで、ご主人様の耳に声が届いたようだ。だけどご主人様の錯乱は落ち着かない。
「ちがう! 私は主じゃない!」
「ご主人様はご主人様だよ」
「ちがう、違うわ、だって私には【霊力なんてない】! 貴方達を満たすのはお父様の力よ!」
 だから違うと叫ぶご主人様に、ぼくはその体を強く抱き締めた。どうにかして、ぼくの思いが届いて欲しいと願った。
「そうだとしても。それでも、目を覚ましたぼくに初めて挨拶をしてくれたのはご主人様だ。手入れで治る傷を、意味も無いのに手当てしてくれたのはご主人様だ。誉を取れば褒美を手渡してくれるのだって、ご主人様なんだ」
「あ、ああ、ちが、わたし、わたしは」
「ご主人様、お願い。自分が主ではないなんて言わないで」
 それだけは言ってほしくなかったんだ。その気持ちを込めて言うと、ご主人様は目を溢さんばかりに見開き、あ、あ、と言葉にならない呻き声を上げた。それが数秒続いたかと思うと、やっと意味のある言葉を呟き始めた。
「いや、いや、これ以上、それ以上言わないで、エラーが、エラーが出てしま」
 それ以上は、いつの間にかやって来ていた三日月の、その手の手刀によってご主人様が気絶させられたことで、言うことは叶わなかった。

 三日月はぼくがご主人様を抱きとめた事を確認すると、今剣と共に様子を見ていた男装の審神者に向けて冷たい目を向けた。
「俺たちは、これでも幸せに暮らしているつもりだ。これ以上引っ掻き回すようならその首を貰おう。何、俺たちは非情な畜生ではない。お前たちは政府に、この本丸に甚大な被害をもたらすことが出来た等と報告すれば良い。決して、次がすぐに来るような手違いはしてくれるな」
 分かったなら帰るが良い。三日月はそう言って部屋の外に出た。入れ違いに秋田と平野が部屋に入ってきて、二振りが男装の審神者と敵の今剣を部屋から連れ出す。おそらく、門へと向かったのだろう。審神者代理も行ったことがある三日月のことだ。きっと門の操作も可能だろう。

 ぼくはそっと腕の中のご主人様へ視線を向けた。やわらかな白い肌には擦り傷と打ち身ぐらいしか見当たらない。無事でよかったとその小さな体を抱き締める。まだ気絶したままのご主人様は金色の髪をだらりと散らして、ぼくの腕の中、静かに目を閉じている。そして思い当たって、彼女の右手の指から寸鉄を引き抜いた。
 このような暗器を使うことにご主人様は躊躇しなかった。あの時、ぼくが止めなければご主人様はあの審神者を殺していただろう。まるで小さな虫すら殺せぬような見た目で、それだけのことをやってのける覚悟があった。
「ご主人様……」
 ご主人様は、自分がぼくらの主ではないと言った。そしてご主人様には霊力が無く、お父様の力でこの本丸を動かしていると言った。
 果たして、それで本丸というものは運用可能なのだろうか。そもそも政府が霊力の無い者を審神者にするとは考え難い。そして、この本丸は、ご主人様は、男装の審神者に襲撃された。そして彼女は政府がご主人様程の年頃の少女達を殺していると言わなかったか。
 どうにも全てに違和感がある。だってそんな政府が何かの命をもって殺すような少女を審神者にするのだろうか。少女だから殺す? 否、それはおかしい。だとしたら男装の審神者だって殺される筈で。
 というかそもそもご主人様は何故霊力が無いのだ。人間には皆霊力が少なからずある筈だろう。
 だとしたら、ご主人様は何なのだ。そして、そんなご主人様が審神者をしている本丸とは一体どういうことなのか。

 そもそも、他の審神者が同僚である審神者の本丸に何故襲撃するのか。例えば、審神者が襲撃する本丸とはどんな本丸だろう。
 噂に聞くブラック本丸なら監査や突撃などあるだろう。でもこの本丸はブラックなんかではない。では他の、そう、例えば、政府の方針に違反しているとか。
(でもご主人様は違反なんて、)
 あれでも違反、引っかかる。違反、違法。ご主人様はいつも仕事に追われてて。
(ご主人様は何の仕事をしてるの?)
 お父様の力で、お父様の、お父様に愛されてるから何でもできるの。
(お父様って)
 審神者の霊力ではなく、政府の力でもなく、お父様の力で維持される。そんな本丸は存在するのか。

「不法本丸……」
 パッと頭に浮かんだのはその一言だった。存在しない筈の、本丸。きっと【政府のデータベースにこの本丸は無い筈であった】。そんな予感にた確信を覚えた。
「亀甲、あなた、」
 ご主人様がゆっくりと目を開き、ぼくの頬に手を伸ばす。白く、細く、やわらかな指がぼくの頬を撫でた。怪我をしてるわ、そう囁いた。
「ねえ、ご主人様はどうして審神者をしているの?」
 一番に浮かんだ質問を言えば、ご主人様は何を当然のことをと、美しい笑みを浮かべた。
「お父様が審神者をしろと言ったからしているまでよ」
 そうして返されたその言葉。やはり政府という言葉が出てこないそのセリフに、ぼくはぎゅっと口を噤む。父親とは何者なのか。まさか、まさか。
(本当に神なのか?)
 今はもう感じられなくなった、ご主人様の言う【お父様の力】を思い、ぼくはそっと目を閉じてご主人様を抱き締める力を強めた。
 ぼくにとっての主はあなただけだ。繰り返し、伝えたかった。



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