10:演練

亀甲視点


 朝、ご主人様がいつもの出陣部隊の発表をする時が来た。しかし今日は出陣はありませんとご主人様は宣言し、秋田を見つめた。秋田ははいと手を挙げ、今日は演練に向かいますと言った。
「主君に許可を頂き、僕が演練部隊長を務めさせて頂くことになりました。編成を発表します」
 そう言うと秋田は傍に置いておいたらしい紙を手に取り、読み上げる。
「演練部隊長、秋田藤四郎。副隊長、愛染国俊。隊員、堀川国広、和泉守兼定、鶯丸、蛍丸。以上になります」
 名前が挙がった刀が頷くのを見て、ぼくはバランスのとれた部隊だなと感じた。というか、演練部隊を刀が決めていいものなのだろうか。ご主人様の特別な方針ということなのかもしれないけれど。
「演練部隊は秋田藤四郎の案を許可します。では、留守の間の審神者代理を三日月宗近とし、護衛は加州清光と亀甲貞宗とします」
 演練なのに護衛が必要なのかと驚いていると隣に座っていた加州が、護衛とは建前だと教えてくれた。
「多分、亀甲が演練を見たこと無いから、その配慮だと思うよ」
「そうなのか」
 それならと納得すると、ご主人様は演練部隊と護衛に準備をするようにと伝え、他の刀たちは屋敷で内番などをして待機することなった。
 演練は昼、まだ時間があるので他の刀の内番を手伝うのもいいかもしれないと思いながらぼくが席を立つと、獅子王と鳴狐が庭掃除を手伝ってくれないかとやって来た。
「いいよ」
「助かるぜ。庭は広いからさ」
 庭掃除の当番になるといつも誰かに助けてもらうんだと獅子王は笑ってた。

 獅子王と鳴狐と、三振りで庭掃除をする。その際、鳴狐のお供がひょっこりと一匹でやって来た。
 鳴狐から離れるなんて珍しいねと言えば、そうでございますねとお供は周囲を見回してからぼくの肩にひょいと乗った。そして彼らしく無いひそひそ声を出した。
「演練時はよくご注意くださいますよう。他の審神者と彼らの刀剣男士に気を抜いてはなりませんよ」
「え?」
「じきに意味がわかります。今はただ、よくご注意くださいと伝えにきたのみでございます。加州様は亀甲様のお目付役として【表面上は】選ばれたのでしょうが、加州様は荒事に慣れていて、尚且つ亀甲様を自然に演練に連れて行くための布石でありましょう。亀甲様は、審神者様とこの本丸の現状を知る為の絶好の機会を与えられたのですよ」
「ま、待って。どういうことだい」
 何事もじきに分かります故、ご注意くださいとお供の狐はぼくの肩から飛び降りて、ぺこりと一礼すると駆けて行ってしまった。恐らく鳴狐の所へ戻ったのだろうけれど、お供の言っていた事でぼくの頭はいっぱいだった。
 彼の言っていることは何一つも分からない。分からないけれど、分からないなりに、今回の演練がただの試合では無いということだけは分かった。
(気を引き締めよう)
 そろそろ戦支度をしなければならない。


………


 門の前、演練部隊と護衛の待つそこにご主人様が現れる。そして三日月に留守を頼むと門を操作し、演練場へと移動した。
 受付に向かうとそこには誰もいなかった。パネルに指定すればいいだけだから人は要らないわとご主人様は教えてくれて、演練部隊と審神者名を演練に登録した。
「部隊長、秋田藤四郎。副隊長、愛染国俊。隊員、堀川国広、和泉守兼定、鶯丸、蛍丸。審神者名は雪芽です」
 ぼくは審神者名を聞いた驚きで声を上げそうになる。その名は審神者名だったのか、否、三日月のあの口振りからして、その名は本名の筈だろう。
「どうかしたの」
 演練部隊を送り出したご主人様が、観覧席に行くわよとぼくと加州を呼んだ。

 広い観覧席にはぼくらの他にもう一人の男の審神者とその護衛らしき石切丸が居ただけだった。
 男の審神者は、今日はよろしくお願いしますとご主人様に話しかけ、隣に移動してきた。ナンパだろうかと勘繰ってしまったが、そのまま世間話をし始めた男に、どうやらそうでは無いらしいと気がついた。というかこの審神者、男かと思ったら男装してる女の人だ。
「お名前は雪芽様と言うのですね」
「ええ、そうよ」
 何かあったかしらとご主人様が微笑むと、男装の審神者いえ、頭を振った。
「少し、聞き覚えが無いなと思いまして」
 そうかもしれないわねとご主人様は言い、演練場の方を見つめた。その様子に、男装の審神者は少し緊張した面持ちで口を開く。
「ところで、最近の噂はご存知ですか」
「あら、何か妙なものでもあったの?」
 あまり外に出ないから分からないわとご主人様が振り返り、言う。男装の審神者はそうですかと苦笑し、目を伏せた。
「何でも最近、政府が優秀な本丸の刀剣男士に女の子を殺させているんだそうですよ」
「そうね」
「ええ、何か、人類を守る為だとかで……そう、年頃は丁度貴方ぐらいの」
「それはまた、偶然ね」
 ご主人様はそう言い、それなら貴女もそれぐらいの年頃ではなくてと笑った。男装の審神者は、やはり男装はすぐばれてしまいましたかと眉を下げた。
「政府の行動は理解出来ませんが、あまり下手な動きをすると首を斬られかねません。ご注意ください」
「忠告ありがとう。気をつけるわ」
 貴女も気をつけなさいとご主人様が言うと、そうですねお互いにと男装の審神者は言った。
 その時、演練終了の合図が鳴る。試合を見ていた加州が、主の勝ちだよと言うので、男装の審神者はよく鍛えられてますねとご主人様を褒めて、自分の刀たちを迎えに行った。
 ご主人様も立ち上がり、秋田達を迎えに向かった。ぼくは先ほどの会話、特に噂話が気になって、男装の審神者の後ろ姿をしばらく見つめていた。少し気弱な、普通の男の人に見える、男装の審神者。だけど何故か、ぼくの本能が彼を注意しろと叫んでいる気がした。

 移動中、次の演練の参加者や観覧者とすれ違う。所謂レアな方であるぼくを連れていることや、ご主人様自身の見た目の美しさに吸い寄せられてからなのか、すれ違う審神者や刀達の視線が集まる。あまりに視線が集まるから、ちょっとこれは嫌だなと思っていると、ご主人様がしっかりなさいと呟いた。
「他の人間に気を取られては駄目よ。早く迎えに行かなくてはね」
 よく頑張ったねと褒めてあげなくちゃとご主人様は微笑んだ。その笑みが柔らかく見えたのは、日の下だからなのか、それとも。
「亀甲?」
 小首を傾げたご主人様に、ぼくは何でも無いよと告げた。



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