09:畑当番/申し出

亀甲視点、途中から夢主視点


 ご主人様のお父様とは何者なのだろう。
 そう考えながら畑仕事に勤しんでいると、同じく畑当番の厚がいい人参が採れたと喜んでいた。人参がどうかしたのかいと聞けば、何でも馬にあげると喜ぶのだとか。後で馬当番のところに遊びに行こうと、もう畑当番が終った後のことを考えて楽しそうにしていた。

 休憩時間。太鼓鐘が持ってきてくれたほうじ茶とずんだ餅を食べる。美味しいと言えば、太鼓鐘はえへへと喜んで、実は自分が作った分を渡したのだと教えてくれた。
「部屋替えの時に同じ部屋になれたらいいなって思って、願掛け?」
「そうなの?」
「おう!」
 亀甲兄さんと一緒の部屋なら楽しそうだって、太鼓鐘は笑っていた。

「そういえば、父親ってどんなものかな」
 太鼓鐘と厚に聞くと、二人はきょとんと目を丸くした。
 先に答えたのは太鼓鐘だった。
「俺たち刀にはわかんないんじゃねえかな」
「まあ、刀に父はいないよね」
 そんなぼく達の会話に、でもさあと厚は食べていたずんだ餅を飲み込んでから言った。
「俺たちにとって父といえば、何ていうか父親だと自称してる小烏丸さんは置いておくとして、俺たちの父って多分、刀工の人間じゃないか?」
「刀工の?」
 思わず首を傾げてしまったぼくの隣で、ああそうか、と太鼓鐘が頷いた。
「俺たちを生み出してくれたんだもんな。確かに父と言えるのかも」
「だろー」
 まあ他の刀が言ってたのを小耳に挟んだだけ、だけどと厚は笑って立ち上がる。休憩終わりと畑へ駆け出したので、ぼくは急いでその後を追った。もちろん、太鼓鐘にお茶とお菓子のお礼を言うのを忘れない。ありがとうと言えば、太鼓鐘は厨の手伝いに片がついたら畑の手伝いにまた来ると笑ってくれた。

 刀にとって父とは刀工だとして。ならば父と呼ぶには血の繋がりは要らないのだろうか。
(もしそうだというのなら)
 ご主人様のお父様についての考察が根本から変わってくる。まず、人間である必要がない。人間であるご主人様と血の繋がりが必要無いとは、そういうことだろう。そして、もし人間である必要が無いなら、そのお父様の情報からして、何かとんでもないお方なのかもしれないと分かる。
 人であるご主人様に加護を与える。そんなことをするのは、物好きな人外。例えば、神の類。
(それも、三日月さんが介入できないような強い力)
 付喪神よりも位の高い、神様なのだろうか。
 それなら、ご主人様は加護をされるようなことをしたのだろう。でも、一体どんな事をして、どんな加護を頂いたのだろう。
 そう考えて、ゾッとする。

 だって、ご主人様にまとわりついていたあれは、最初に感じた痛烈な違和感は。あれは、本当に加護だったのか。
「あんな、無機質な」
 ご主人様にまとわりついていた"あれ"からは、何の意思も感じなかったじゃあないか。


………


「主君、お願いがあるのですが」
「どうしたの秋田」
 三日月に通されて部屋に入ってきた秋田に、私はタイピングの手を止めて彼に向き合った。
 秋田は気まずそうに目を伏せていたけれど、ふとひとつ息を吸うとゆっくりと顔を上げた。
「演練を、したいのです」
 その言葉に、私は首を傾げる。
「貴方達は演練をせずとも強いわ。特別必要とは思えないのだけれど」
「他の本丸の自分と戦いたいのです」
「自分と?」
 理解できないと眉を寄せれば、秋田は眉を下げて、それでもと頭を下げた。
「危険は重々承知しています。だけど僕は、主君の刀としての自信を付けたいのです」
「私は貴方を頼りにしている。そして貴方は修行にも行ったわ。私の言葉と修行の旅。まだ足りないの」
「はい、足りません。いくら外を知っても、僕は」
「……そう」
 私は机の上の電子ツールを操作する。一番近くに行われる演練の日程。その中でも空きがあるか、穴はあるか、秋田藤四郎は登録されているかを瞬時にサーチにかける。
 電子ツールから目を離し、頭を下げたままの秋田に声をかける。
「顔を上げなさい。貴方の申し出、受け入れましょう」
「っほんとうですか!」
 パッと顔を明るくし、それからきゅっと顔を引き締めた秋田に、私は笑みを返す。
「時間と場所なら私が何とかしましょう。隊長は貴方、秋田藤四郎に任せます。また、演練部隊の編成も貴方に一任しましょう」
「はい!」
 秋田はありがとうございますと明るく言って、急いで策を練りますと部屋を出て行った。

 パタパタと嬉しさのあまり廊下を走る音に、元気ねと思っていると、三日月がひょいと顔を覗かせた。
「演練か、久しぶりだな」
「そうね」
「皆に知らせよう。"前回"の事があるからな」
「ええそうね」
 頼むわと言えば、あいわかったと三日月は部屋を出て行った。

 そして、私は誰もいなくなった部屋で電子パネルを見つめる。
「明日の、12時から14時の部かしら」
 丁度お昼休憩を挟みたがる審神者が多く、人気の無い時間帯だ。観覧者もお昼を食べに出て行くので少ないだろう。お昼を食べながら演練を見るような物好きはそう多くない。

 指を滑らせ、登録を済ませる。これで、明日の一大イベントが決定した。



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