08:お父様

 その晩、ぼくは布団の中で、ご主人様のお父様について考えた。
 愛されている、とご主人様は言ったけれど、それはどういうことか。普通に考えれば、愛されているということは守られているということになるのだろうか。だとしたら、最初に感じたあの違和感。ご主人様を覆うような違和感がお父様の加護なのか。
(けれど、)
 人を加護できるようなお父様とは一体何者なのだろう。そこまで考えて行き詰まり、ぼくはそっと目を閉じて眠ってしまうことにしたのだった。

………

 翌日。加州からお茶とお茶菓子をご主人様に持っていくよう頼まれて、ぼくは一人でご主人様の執務室へと向かった。そういえば世話係はぼくが初めて出陣した日で終わってしまったみたいだけど、加州はそれからもぼくをよく気にかけてくれた。お茶とお茶菓子を運ぶ役目だって、ぼくがご主人様に会いたいなあと思っていたから言いつけてくれたことだろう。感謝しなければ。
 ご主人様の部屋の前には三日月がいた。ぼくの持つお盆を見て、なるほど休憩時間だなと笑って主やと言いながら障子戸を開いた。多分、許しも無しにご主人様の部屋の障子戸を開けるのは三日月だけだろうなとぼくは思った。
「主や、少し休憩しよう。茶と菓子が来たぞ」
「少し今忙しいの。二人で食べて……ってあら亀甲じゃない」
「やあ、ご主人様。忙しそうだね」
 まあね、やることは山ほどあるのとご主人様は苦笑した。

 書類を一通り終えるまで手をつけないというご主人様に、ならば亀甲と俺で食べてしまおうと三日月が言うから、流石にそれはと遠慮した。ご主人様の近く、でも邪魔にならない位置に湯飲みとお茶菓子の水羊羹を置いておく。冷めたりぬるくなったりしたら美味しくないよと言ってみると、それもそうねと言いながら書類を書く手を止めなかった。なるほどワーカーホリックか。

「それにしてもどうして刀剣男士しか過去に行けないのかしら、とても面倒だわ」
 書類の合間、ふうと息を吐いたご主人様に三日月はまたかと苦笑した。ぼくは初めて聞いたので面倒ってどういうことなのと聞く。するとご主人様はそうねと答えてくれた。
「ええそうね、人が遡れれば良いのにと思うわ」
 その口ぶりに時間遡行軍が怖くないと見えて、まさかとぼくは目を見開いた。
「もしかしてご主人様は戦えるの?」
 ぼくの問いかけに、ご主人様は書類を認める手を止めて、くるりと振り返る。金色の髪が揺れて、青い目がぼくを写す。
「そうね、一通り戦えるわ」
 化け物にだって負けるつもりは無いもの。だって私はお父様に愛されているから、とご主人様は微笑んだ。その微笑みに、ぼくは目の前が真っ暗になった気がした。

(また、だ)
 三日月が飲んで空になった湯飲みや茶受けの皿を持って部屋を出る。厨への道を歩きながら、ぼくはまたお父様と言ったと繰り返し心の中で呟いた。
(お父様、お父様って何なんだろう)
 まるで分からない、雲か霧かのような想像に、ぼくはため息をひとつ吐いたのだった。



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