07:お買い物

亀甲視点


 昼頃のこと。休暇を与えられたぼくは座敷で貞宗派の弟たちと三人でトランプをして遊んでいた。そのトランプは物吉が前に誉を取った時に褒美として貰ったものらしく、プラスチック製のそれはキラキラと輝いて見えた。
「亀甲や、いるか」
 その声に反応すると、三日月が笑顔でこちらにおいでと手招きしていた。近侍の彼が呼ぶということはご主人様が呼んでいるということなのか。二人に断って席を立ち、三日月に導かれるままにご主人様の執務室へと来た。入るぞ、と三日月が障子戸を開く。すると、ご主人様がくるりと振り返った。
 ご主人様はいつもの巫女姿ではなく、淡い緑色の着物を着ていた。片手には白いレースの日傘も見える。
「あら、私は買い物慣れしている刀を連れてきてと言ったはずだけれど」
 え、と思っていると三日月はふふと笑った。
「そうは言うが主よ、この本丸はいつもいんたーねっとしょっぷを使っている為、誰も詳しくなかろう」
「……それもそうね」
 でもせめてレアリティの低い刀が良かったわと恨めしそうに三日月を見たご主人様に、三日月はハハと笑って流していた。

「えっと、ご主人様、ぼくじゃダメかな?」
「え? ああいや、ダメではないの。三日月の言うことは尤もだもの。実は急に必要になったものがあって買い物に行かなくちゃいけなくなったのよ。どう? 支度をしてくれる?」
「そういうことなら任せて」
 ぼくは急いで自室に戻り、戦装束に着替える。買い物に行くなら万屋街だろう。だったら現代に合わせた服装はしなくても良い筈だ。

 着替えを済ませてご主人様の元へ戻れば、ご主人様は準備は良いわねと微笑み、三日月に審神者代理を任せて門へと向かった。
 夏の日差しを遮るように、ご主人様は日傘をさす。貴方も必要かしらと見上げられて、その青い瞳にどきりとした。無機質、それでいて、見透かすような瞳。平気だよと答えれば、そうとご主人様は門の前に辿り着き、電子パネルを操作した。


………


 万屋街は多くの審神者や刀剣男士、商人で賑わっていた。
「ご主人様、入り用なのは何だい?」
「顕微鏡と有名店のどら焼きね」
「……ん?」
 どういうことだろうと思っていると、ご主人様はクスクスと笑って、褒美の品よと言った。
「顕微鏡は薬研用、どら焼きは蛍丸用よ。どら焼きに関しては箱でほしいらしいから、来派で食べるのでしょう」
 誉の褒美はすぐに渡すように決めてるのとご主人様は言った。

 さて、ご主人様が買い物慣れしていないのは三日月との会話で予想していた。ぼくも勿論慣れてないから、迷うことだってあるだろう。でも、これはない。
 店を探してぼくが少し離れた隙に、ご主人様に男性が言い寄っていたのだ。これはいただけない。
 助けなければ、というかご主人様に近付くなと苛立ちながら駆け寄る。ご主人様は言い寄ってくる男に対し、ど直球に近寄らないでと言っているけれど、向こうは少女の姿をしたご主人様を甘く見てる。本当にどうしようもない。
「ご主人様!」
「あら亀甲。早かったわね」
 目当ての店はあったかしらと小首を傾げるご主人様に、男が苛立つのを感じる。刀剣男士が現れてもコレなのか。というか男も審神者なのだろう。刀の姿が見えないけれど。
「ねえきみ、ぼくのご主人様に何か用?」
「うるさい俺はそこの娘に用があっt」
「あーー手が滑ったーーー」
「?!」
 目の前で男が地面とこんにちはしている。勿論、手が滑ったのはぼくではない。男の近侍らしき、大和守安定だった。
「ほんとごめんねこの人ナンパ好きでさあ」
 じゃあねと大和守は男を引きずって立ち去った。随分と強引な大和守だなと驚いていると、ご主人様はさあ行きましょうかと涼しい顔で顕微鏡探しを再開した。
「ナンパに慣れてるの?」
 対応から感じたことを言えば、ご主人様はそうねと頷いた。
「慣れているかは分からないけれど、容姿には自信があるわ。だって私はお父様に愛されているもの」
 さらりと言ったその言葉に疑問を問う前に、顕微鏡を売るお店に辿り着いたのだった。

 顕微鏡を無事買うことが出来、茶屋で休憩してからどら焼きを買いに行く。事前に予約しておいたから代金を払って受け取るだけだというご主人様は、ぼくを店のそばで待たせて店内に入っていった。うん、放置プレイは好きだけど、さっきのことがあるからご主人様が心配だ。
 なんて心配をするより、ぼくは自分の心配をした方が良いらしかった。
 何か、審神者らしい女性が言い寄ってきている。なんかこう、現実逃避をしてしまう。だってそんな、ぼくが逆ナンされるなんて予想してなかったよ。
 私の本丸に来てくださらないかしらと言い寄る女性は清純な見た目の割にキツイ香水が印象的だ。バラの香りだろうか。姿と合わなすぎる。しかし女性に強く言うことは出来ないし、近くにいる女性の近侍は黙って頭を抱えている歌仙なので当てにならない。多分ぼくのご主人様が来れば解決すると分かってるんだろうな、あちらの歌仙は。
「亀甲、その人は?」
 すっと耳に馴染む声がして、振り返ると、どら焼きの箱を風呂敷に包んで持っているご主人様が居た。荷物を受け取るよと腕をあげると、その腕に女性の腕が絡む。いや待って、この腕はご主人様の為に上げたのであって、きみの為ではない。
「ちょっと、やめてくれるかな」
 我慢できずに言ったが、女性は蕩けた顔でぼくを見つめて何か言ってる。え、これ大丈夫なの。主に頭とか。
「ええっと、」
「失礼」
 その言葉と同時に、ご主人様の手が女性の手に触れる。え、何するのと思って女性もぼくもご主人様を見た。そして、絶句してしまった。
 ご主人様は何も言わなかった。ただ、無表情だった。ここでポイントなのは、ご主人様が自分で自覚しているぐらい美人であるということである。そう、美少女の無表情って怖いんだねって、いう。

 女性はさっと顔を青くして、近侍の歌仙と共に逃げ去って行った。そのことにホッとしつつも恐る恐るご主人様を見ると、ご主人様はいつもの様子で、ぼくを見上げていた。
「無事で良かったわ」
 そうして微笑んだご主人様に、ぼくは首を傾げた。
「ぼくは刀剣男士だよ?」
「そうね、だからこそ危ないわ」
「そういうもの、だからなのかな」
「ええ、コレクターなんて山のようにいるわ」
 今の女性はコレクターなのか、とぼくは眉を寄せる。コレクターだというなら正規の手段でぼくを手に入れてほしいものだ。しかし、ふとぼくは気がついた。
「ご主人様も、刀を集めてたよね、コレクターなの?」
 少し不安になって言えば、ご主人様は頭を横に振ってすぐに答えてくれた。
「いいえ違うわ。私があなた達を欲したの」
 それだけよと言って、帰りましょうと歩き出した。その背を早足で追いかけながら、ぼくは口角が上がるのを止められなかった。だってそれはコレクターとして眺めるためではなく、刀として、刀剣男士として戦うため。そして先ほどのお父様とやらの為でもなく、自分のために欲してくれたということだからだ。
(嬉しい、なあ)
 ご主人様がそうして欲してくれた事が、何より嬉しく感じた。


………


 星々が輝く夜空の下。散歩の途中にご主人様の執務室近くへと立ち寄れば、偶然にもご主人様が部屋の外に出ていた。三日月の姿が見えないが、近くに前田が控えていた。
 ご主人様、こんばんは。そう言えば、ご主人様もまた、こんばんは良い夜ねと微笑んでくれた。
「昼間はありがとう。助かったわ」
「ぼくこそ、助かったよ」
 そう、それならお互い様ねとご主人様は微笑む。でもその笑みが無機質に見えたのは、今が夜の中だからだろうか。昼間はあんなにも柔らかく感じたのに。感じたのに。感じた、の、に?
「私はお父様に愛されてるの」
 ふっとご主人様が突然言った。その声に意識が引き戻される。お父様、昼ぶりに聞いた言葉にどくりと心臓が脈打つ。そう、そういえば昨日の夜に三日月はこう言っていた。
 偉大なる父への反乱、と。
「だから私は何だってできるわ」
 ご主人様は完璧な容姿で、完璧な角度で、綺麗に、美しく、笑っていた。

 そして、人はそれを××××というのだ。と、ぼくの中の常識が叫んでいた。



- ナノ -