3.ふろふき大根
宮沢視点


 じゅわ、じゅ。魚の焼ける匂いがして目が覚めた。目を開いて真っ先に映った真新しい布団。起き上がって見た殺風景な部屋、静かなその場所に、自分は別世界に来てしまったのだと改めて感じた。

 ふらりと居間へ行き、匂いにつられるように台所へと向かうと、調理場に立つ月乙女さんがいた。制服にエプロン姿のその背中におはようと挨拶すると、彼女はおはようございますと振り返って返事をしてくれた。調理の為にと一つに結われた真っ白な長い髪が、微かに揺れる。
「居間で待っていてください。そろそろ出来ますから」
 そうして調理へと戻った月乙女さんに、ぼくは思わず、きみが料理を作っていたんだねと呟いた。他の人が見当たらないのだから当たり前のことなのに、何故だか『彼女らしくない』と感じたからだ。そしてそういう勘というものは大抵当たるものだ。
 しばらくの静寂。魚の脂がはぜる音を聞いて、失言だったかと後悔しそうになった頃に、月乙女さんはそうですよとどこか懐かしそうに返事をした。 そしてすぐ出来ますからと少しだけ振り返った彼女の、細められた両目の、目尻は柔らかく滲んでいた。途端に、一人で台所に立つ少女から漂う哀愁。それを感じたぼくはどうすることも出来ないまま、促されるままに居間へと移動していた。


 朝食はアジの塩焼きと豆腐の味噌汁と炊きたてのごはん。そしてぼくの食事には、魚の代わりにふろふき大根が置かれていた。それを見て驚いたぼくに、それなら食べれるかなと思ったのでと月乙女さんは微笑んでいた。





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