2.本と就寝
宮沢視点


 夜になった。夕飯を作るので、好き嫌いはありますかと聞かれる。なのでお肉はちょっと苦手だと答えると、月乙女さんはそうですかと考え込みながら、台所へと向かった。

 ぼくは彼女が調理している間にもう一度部屋を見渡した。すると部屋の隅に本棚があるのを見つけた。背の低い、小さな本棚にある本を見てみると、どれも星に関する本だった。その中でも太陽に関する本が多いように見えた。本棚を目の前にぼくは考え、ゆっくりと背表紙をなぞっていく。そしてやっと見つけたのは月の本だった。
 地球に近い星、地球の片割れ、陽の光を浴びて輝く星。小さな図鑑をぼくはぱらぱらと見つめた。特に目新しい情報もない、どこか古ぼけた図鑑だった。でも、少し違和感を感じた。そう、内容はわりと古いものだった。でも印刷は鮮やかだ。黄ばんでもいないし、無数の手に触れられてきたしなやかさも存在しない。

 そう、それは古ぼけているのに、真新しい本だった。

 背筋に何かがひやりと駆け巡る。落ち着けとぼくは目を閉じる。すると後ろの方からご飯の用意ができましたよと声をかけられた。ハッとして振り返ればちゃぶ台の前で不思議そうに瞬きをする月乙女さんがいた。

 夕飯はカレイの煮付けだった。肉がダメならとの策のようだけれど、魚もあまりと申し訳なく思いながら伝えると、月乙女さんはなるほどと腕組みをして悩んだかと思うと、少し待っていてくださいとぼくの前に置いたカレイの煮付けを台所へ持って行き、何やらジャアジャアと炒める音がして、しばらくすると戻ってきて、簡単なものですがとぼくの前にジャガイモのチーズ焼きを置いた。その優しさが嬉しくて、ありがとうと伝えれば、どういたしましてと月乙女さんは笑った。


 夕飯を終えて、また本を読み始めた。違和感はさて置いて、その本たちは十分に暇潰しになった。
 しばらく読書をしていると、そろそろ寝ますかと月乙女さんがやって来た。部屋に案内しますねと言うので、ついて行けば、四畳半程の部屋に案内された。
「すみません、広い部屋はこの家に無くて」
「いや、大丈夫だよ」
「じゃあ布団ですが、こっちの押入れにあるので」
 押入れを開いて、よいしょと布団を出す月乙女さんに、ぼくも手伝うよと手を貸す。というかそもそもぼくが寝る布団なら自分で敷くべきだろう。そう説き伏せれば、月乙女さんはそれもそうですがと戸惑いがちに視線をうろつかせた。その様子に知らない男性と一緒なのが不安なのかなと思い、ぼくはとりあえず自分の布団を敷いて、月乙女さんと廊下に出た。
「あの」
「ああ、大丈夫。布団なら敷いたし自分で出来るよ。あ、お風呂借りれるかな?」
「えっと、そのことですが」
 綺麗ですのでお風呂は必要ありません。そう言われて、まさかと思ったものの、爪先まで確認しても確かに汚れた様子は無かった。その時、汗の類も感じられないことに気がつき、唖然とする。
 ね、綺麗でしょう。月乙女さんは笑った。
「だから、おやすみなさい」
 また明日、会いましょう。と。


 ぼくは電気を消して布団に潜り、考える。ここは何処だろうか、仲間たちは、ぼくを召喚した彼女は、みんなどうなった。何故、ぼくは一人でここにいたんだろう。
 否、一人ではない。少女がいた。セーラー服を身に纏った、月乙女新美と名乗った少女がいた。
(あの娘も、もしかして)
 少女ももしかして、ぼくと同じようにいつの間にか此処にいたのだろうか。そう考えて、ぼくは頭を振る。これ以上考えていても仕方ない。とりあえず明日、月乙女さんに何か質問してみよう。そして、帰るための手立てを考えなければ。
 そうしてぼくは目を閉じ、眠りへと落ちていった。





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