1.初めまして
宮沢視点


 その日は特に何もない、平和な日だった。

 朝起きて、畑の様子を見に行き、朝食で必要そうな野菜を収穫し、台所当番に渡した。それからは麦茶を飲みながら読書をし、起きてくる仲間達に挨拶をした。特に中原くんは何を読んでいるんですかと興味深そうだった。その時読んでいたのは星に関する本で、賢治サンは星が好きだなあと彼は笑っていた。
 朝ごはんを食べたら、今朝読んでいた本を読み終えて書庫に本を返しに行った。そして次に借りたのもまた、星に関する本だった。

 それからぼくは部屋に戻り、窓辺の椅子に座って本を読み耽っていた。そう、それだけだ。それだけだったのに。

 一瞬の目眩。酩酊のような違和感を感じて、ぼくは顔を上げた。その瞬間、ぼくは唖然とする。そこはぼくの自室ではなく、畳敷きの小さな部屋だった。
 小さな、と言っても部屋の中央にはちゃぶ台があるし、部屋の隅には小さなテレビも置いてある。日めくりカレンダーも壁にあり、出入り口は二つあった。片方は廊下に続いていて、もう片方はどうやら台所に通じているらしい。

 ここはどこだろうと考えていると、台所の方からとんとんと軽い足音を立てて、少女がやって来た。白く艶やかな髪は足首まであり、両目は黄色をしていた。肌もまた白く、セーラー服の深い紺色とよく映えていた。そう、少女はセーラー服という制服を着ていた。
 そんな少女の手の中には盆、その上にはほかほかのご飯が盛られた茶碗と、味噌汁が入っているらしいお椀、そして梅干しが乗った小皿。
「……誰ですか?」
 僅かに低めの声色は、美しいアルトに聞こえた。普段合っている紅一点の女性より低い声に、ぼくはこの声色は久しぶりに聞いたなと思った。
「ぼくは宮沢賢治」
 きみは、と問いかければ少女は少し間を置いてから、月乙女新美ですと答えてくれた。

 少女、月乙女さんはちゃぶ台にお盆を置くと食事を並べた。そしてぼくを見て、お昼ご飯を食べますかと問いかけた。そういえばと壁を見上げれば時計があった。時間は丁度正午を指していて、空腹感を思い出した。
 けれど食事をもらっていいものかと考えていると、ご飯と味噌汁ぐらいしかありませんがと月乙女さんは言い、ぼくが戸惑っている間に台所へと消えてしまった。
 そうして二人でちゃぶ台を囲む。ほかほかの白いご飯に、わかめと豆腐の味噌汁、深い赤色をした梅干し。まだ成長途中の少女が食べるには質素なような気がすると月乙女さんを見れば、彼女は黙々とご飯を食べていた。食欲はあるらしいと思いながら箸に手を伸ばし、味噌汁を飲んだ。丁度良い塩梅がした。
「どうかしましたか」
 月乙女さんが問いかけるので、失礼だけどとぼくは言った。
「その量で足りるのかい?」
 よく見れば茶碗の大きさがぼくとは違ったので、そう問いかければ月乙女さんはそうですねと考え込んだ。
 あんまり深く考え込んでいるから、デリカシーのないことを言ったかなと眉を下げてしまえば、月乙女さんは再び箸を動かし始めた。それを見て、とりあえず気分を害したわけではなさそうだとぼくはホッとして、今度は温かいご飯を口に運んだ。





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