11.不思議ね、こんなに幸せなの
宮沢視点


 朝食の片付けを済ませると、少し本を読んだ。この居間の本棚にある星の本はとても興味深いものだった。科学的な視点だけではなく、星の物語や星座の物語。はたまた聞いたこともないような創作物の紹介など、ぼくが生きていた頃には無かった情報があふれていた。ひとつ気になるのは、本がやけに新しいのに埃が被っていたり、なぜか太陽の本が多かったり、そもそもこの本は誰のものなのかということだが、埃は掃除させてもらったし月についても興味はあるし別に破ったり汚したりすることもないから、あまり気にしないことにした。一度、月乙女さんにこの本について聞いてみようと思ったが、そういえばなかなかタイミングが掴めずにいる。急ぐこともないか、と脳内の優先度が低いのだ。

 そうこうしていると月乙女さんが買い物に出掛けるというので、散歩ついでに商店街へ行くのに付いて行った。

 商店街の片隅、八百屋で人参とジャガイモを買う月乙女さんからふと目をそらし、商店街を見回す。すると、どこか違和感があった。気になってよく観察してみると、商店街には以前よりも人が少なくなっていた。店は営業しているが、ちらほらと店主の姿が見えない店がある。客は通りをざっと見回しても十人いるかいないか。明らかに前より減った人の数に、ぼくはうっすらと寒気を感じた。
 しかし月乙女さんが店主にお金を渡す音を聞いて気を取り直し、不思議に思う程度に留めることにした。

 商店街を出ると月乙女さんが競争しましょうと元気良く提案するが、ぼくが食べ物を持っているから危ないよと伝えると、月乙女さんはむうと口を尖らせて、渋々頷いてくれた。しかしその不満そうな様子が少し可哀想になって、しょうがないかとぼくは提案した。
「それなら二つ向こうの電柱までならどうかな?」
 なるべく優しい声で言えば、月乙女さんはパッと顔を明るくして、分かりました行きますよと走り出した。突然だなあと思いながらぼくも食材片手に走る。今日はワレモノも柔らかいものも買ってない。だからそこまで気をつける必要も無かった。

 電柱に着いたのは先にスタートした月乙女さんで、彼女は電柱の隣にたどり着くと、ねえと笑顔で振り向いた。白い髪が、揺れる。
「あの、私のこと新美って呼んでください!」
 昼間の光の中、放たれたその言葉に、ぼくは思わず走るのを止めて、息を整えながら歩き始める。息が整う頃には、ぼくは彼女の近くに立っていた。
「いいのかい?」
「はい!」
 そうしてぼくを見上げてにこにこと楽しそうに笑う月乙女さんに、じゃあとぼくは言った。
「新美さん、でいいのかな」
「はい!」
 ありがとうございますと月乙女さん改め、新美さんは幸せそうに黄色の目をきらめかせて、柔らかく、優しく笑ったのだった。





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