7.ぼくは大人、きみは少女
宮沢視点


 朝の日差しの、その気配がする。瞼を開き、薄明るい部屋で布団から起き上がった。
 時間は夜明け頃だろう。あまりに早い時間だと苦笑してしまった。昨日、眠りについたのが早かったのもあるが、緊張感からも深く眠れなかったのだろう。緊張感とは、勿論この世界の異常さを知ったことが原因だ。
 ぼくより先にこの世界に居た月乙女さんはこの世界には日曜日しか無いと言っていた。それがどういうことのなのかぼくには分からないけれど、日曜日しかないカレンダーなんて見たこと無いからきっとこの世界において一定の常識なのだろう。
 どうやら、この世界はぼくが元々生きて死んだ世界とも、彼女と出会った世界とも、全く違う世界のようだ。

 身支度を整えてから居間を通り、台所へ向かう。月乙女さんが居るかもしれないと期待を込めて向かったが、そこにはがらんとした人気の無い台所があるだけだった。伏せられた写真立てを見つけて、まだ月乙女さんは起きてきていないのかと気がついたので、どうせなら朝食作りをしてみようかと台所を見回した。

 包丁やまな板などの調理器具の場所や、食材を確認していると、どうしたんですかと少し眠そうな声がした。振り返ると月乙女さんが目をこすり、長い髪をひとまとめに括りながら立っていた。
 あっという間に髪を結い終えた月乙女さんに、朝食を作ろうかと思ってと言えば、月乙女さんは驚いた顔をしていた。
「ああでももう献立は決まってるのかな。だったら手伝うよ」
「いえ、あの、でも……」
 どうかしたのかいと首を傾げれば、月乙女さんは戸惑いがちに目をうろつかせてから、いいんですかと口にした。その言葉に、ぼくは勿論と答える。
「まだ幼い女の子に任せきりなのは大人としてどうかと思うからね」
 月乙女さんが例の写真の少女の妹だというのなら、月乙女さんは見た目より相当若いのだろう。そう考えながら言えば、月乙女さんは何故か黄色い目をまんまるに見開いてとても驚いた顔をしていた。
 何かそんなに驚くことがあっただろうか。自分の発言を思い返して考えたが、特に何も思い当たらなかった。

「……大人」
 ぼそりと月乙女さんが呟いた。けれどそれがうまく聞き取れないほど小さな声で、どうかしたのかいと聞こうとして、深く考え込んだ様子の月乙女さんに何も言えなくなる。考え込んでいるなら、そっとしておいた方がいいだろう。そう思ったものの、朝食も作らないといけない時間になってきただろうから、ぼくは壁に掛けてあった時計を見て、五分待ってから声をかけようと決めたのだった。


………


 深い思考から浮上した月乙女さんと一緒に作った朝食の献立は、レンコンとゴボウの醤油にんにく炒めだ。朝からスタミナが付きそうな食事だと思ったが、どこか気を張っていて食欲があまり無かったぼくにとっては食が進む香りがとても有難かった。

 そうして二人で食事を終えると、ぼくは月乙女さんに確認してから柱に四つ目の傷を付けた。そう、ぼくがこの世界に来てから、この世界は四日目を迎えたのだった。





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