まごへーの手が好きだ。
「…なんで?」
「たくさんの命を慈しむ手だから」
そう笑った左門に、孫兵は少しだけ驚いた。手が綺麗と言われたことは何度かあった。それはただ、造形への評価だった。しかし左門はそれとは違う方向から綺麗だと評価した。
「爪が短いな」
「まあね」
「虫たちを傷つけない為なんだろう」
「そうだよ」
左門は孫兵の手を優しく触る。左門の手はかさついていた。算盤と、紙を触るからだ。
「孫兵は自分の手が嫌いか?」
「別に」
「そうか」
それなら良かったと、左門は笑う。まごへーがこんなに綺麗な手を嫌っていたら、私はとても悲しい、と。孫兵はまた少しだけ驚く。左門の思想は案外とても尊いモノで出来ているのかもしれない、なんて考えてしまった。
「左門は」
「ん?」
「左門は忍に向いていないのか」
零れてしまった言葉にハッとする。僕は何を言っているのだろう。
焦りすら感じる僕に気がついていないのか、否、気がついていない振りをしているのか、左門は穏やかに笑っていた。
「ごめ、」
「さあな」
「え、」
「私にはまだ分からない」
向いているのか、いないのか分からないと。孫兵は何故か無性に泣きたくなった。だってそれは肯定のようなものだ。忍になる意思の弱い者がこの学園で生き残るのは限りなく、難しい。
「なんでまごへーが泣きそうなんだ」
「それは」
「私は、私たちはこれから先、人を殺すだろう」
左門は愛おしそうに孫兵の手を両手で包み込む。
「そうして人を殺しても、まごへーの手は変わらず綺麗なんだろう」
「左門の手だって、」
「孫兵はこの手で慈しみたいものがあるから。」
「…」
「その美しさは底なしだ。」
にこにこ、にこにこ。左門の笑顔が孫兵に向く。どくり、どくりと動悸がした。
「さも、ん」
「どうしたんだまごへー」
「さ、もん」
僕は恐れを感じていた。しかし、それ以上に怒りが込み上げてきた。だって左門は、自分を卑下している。だけど僕はそんな左門を矯正出来るような言葉を知らない。だから。
「左門」
「なんだ?」
「僕は左門が好きだよ」
僕は左門が好きだ。そして左門は僕以外の誰かにも好かれるんだ。そのことを伝えたかった。左門はいい子だから、絶対に綺麗じゃないなんてことはないんだ。
「左門はとても尊いよ」
「ははっ、なんだそれは」
「僕は真剣だよ」
「そうか、まごへー、孫兵。」
ありがとう、と笑う左門はとても綺麗だった。
卑屈少年
(少年は受け止められず)