アリガの夢5


 個人宛に出されていたクエストはゴブリンの討伐だった。ギルド会館がある首都の近くの村へと半日かけて向かう。必要な荷物を市場で買い揃えていると、ハウが不思議そうに見ていたものがあったので、いくつか買った。無駄といえば無駄な出費だが、それよりも外を知らないらしいハウに様々なものを見せてやりたいと思ったのだ。それは、決して同情などではない。
「グラジオー、おれ歩けるよー」
「そう言ってさっき転んだだろう」
「怪我はしなかったよー!」
 シルヴァディの背中で不満そうなハウに、村まではもうすぐだと告げる。だったら余計に歩かせてよと言うので、どうせ戦闘になったら歩くことになると伝えれば、全くもうとむすくれてしまった。

 村に入り、依頼主に会う。村長に、討伐してほしいゴブリンについて情報を聞き、正式に依頼を受理した。
 シルヴァディとハウと共に村外れへと向かう。この辺りだろうと目処をつけて木陰で立ち止まれば、ねえとハウが言った。
「ゴブリンの討伐っていったいどれくらい倒すのー?」
「今後近寄らないように、とのことだから小規模の群れをひとつは倒すだろう」
「……それって、グラジオとシルヴァディだけじゃ危険じゃないー?」
「そんなことはない」
 オレとシルヴァディならばと言えば、そうなのかとハウは訝しげな顔をした。

 ハウには木陰で待っているように伝え、オレはハウから離れすぎない位置でシルヴァディを撫でた。すると彼が大きく鳴く。そうすれば、縄張りへの侵入者へゴブリン達が向かってくる。素早く短剣を取り出し、構えた。
「シルヴァディ、行くぞ!」
 彼はこくりと頷いた。
 草むらから出てきたゴブリンの小部隊、数にして10体程の群れと戦う。短剣で斬りつけ、振りかざされた棍棒を足掛かりに飛び上がって短剣を投げつける。魔法がかけられたその短剣は投げつければ戻ってくるので、投擲するには便利だ。シルヴァディも技を繰り出し、その爪で肌を裂き、鳴き声で牽制する。
 そろそろかと、ふと顔を上げた時だった。ハウがいる木陰を見れば、そこへと忍び寄る一体のゴブリン。
「ハウ!」
 残党をシルヴァディに任せて、ハウへと駆け寄ろうとした。しまった、しくじった。そう後悔していると、ハウがそろりと手のひらをゴブリンへと向けた。
「─ farraige ─」
 滑らかな声がした。
 ドッと空が水を産むように流れ出た水流が、ゴブリンをハウから遠ざける。そしてその水はハウを傷つけることなく、歓喜に沸くように揺らめいてからするりと消えた。
 近寄れば、ハウはにこりと笑った。
「大丈夫だよー」
「……戦えるのか」
「多分ねー」
 だから安心してと、微笑むハウに、オレはそうかと答えた。心に寂しい風が吹いた気がした。


 ゴブリンを無事討伐した頃には夕方になっていた。首都に戻るには遅すぎるので、村の宿屋を借りた。クエストの依頼主から報酬ももらい、宿屋の小さな部屋でベッドに横になる。疲れがどっと押し寄せて、ゆるゆると瞼が閉じていく。寝てしまえばいいよ、ハウがオレの頭を撫でた。
「眠っちゃいなよー明日も早いんでしょー?」
「ああ。ハウも、眠ればいい」
「グラジオが寝たらねー」
「なんだそれは」
「悪夢を見ないように見張っててあげるー」
「ちゃんと眠れ」
「おれは必要ないからねー」
 でも、ありがとう。おやすみ。ハウのその言葉を聞き終えると、オレは深い眠りに落ちていった。


***


 月明かりに照らされた、小さな宿屋の小さな部屋。ハウは眠ったグラジオの隣に寝そべってみた。そうして、真似るように目を閉じて、開く。しゃらりと、服がありもしない音を立てた。起き上がり、窓へと近寄る。窓の外の満天の星空を見上げたハウは胸に手を当てて、幸せだよと呟いた。それだけだった。

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