アリガの夢3/グラハウファンタジー系謎パラレル/宿と酒場


 依頼を一通り見てから目ぼしいものはないと判断し、受付にオレ個人宛への依頼も無いことを確認する。とりあえず今日は仕立て屋でハウに服を買って、宿に一泊するかと考えていると、グラジオ眠いのとハウが首を傾げる。どうしてそう思ったと聞けば、何だか目がぼんやりしていたからとハウは苦笑した。確かに疲れてはいるなと肯定し、とりあえず仕立て屋へと向かった。
 適当な仕立て屋に入ると、ハウに服を仕立ててもらう。最初は困惑していたハウだったが、目立つからなと言えば納得したらしかった。
 旅人さんは長く街に留まらないでしょう、明日には仕立て上げて見せますよと手先の器用なドワーフ族の店主が笑ったので、助かると頼んだ。
 ハウはどんな服になるのかなと楽しそうに言ってから、でも懐は大丈夫なのと聞いてきたので、クエストで多めに報酬を貰ったからなと答えておいた。

 宿屋は郊外にある比較的安い宿にした。この街は首都だけあって宿代が高い。加えて、シルヴァディとハウは目立つのでなるべく利用者が少ない方がいい。でも治安が悪いとマズイので、評判は悪くなさそうな宿を選んだ。
 手慣れてるね。ハウが受付を済ませて部屋に入ってから言うので、旅慣れてるからなと答えた。
「近くの酒場に夕食を食べに行くが、ハウも来るか?」
「いいのー?」
「構わない」
 でも何で酒場で食べるのと言われて、安い上に噂も聞けるからなと伝えて、オレは着ていたパーカーを脱いでハウに渡した。
「着ればいいのー?」
「あまり良くないのも居たりするからな」
 分かったとハウは上着らしきドレスモドキを脱ぐとパーカーを着た。シルヴァディには留守番を頼み、最低限の荷物でオレとハウは酒場に向かった。

 酒場は賑わっていた。とりわけ酒を飲んでいたガタイの良い男は休暇の騎士だろうか。そんな事を考えながら、カウンターでマスターにトリ肉のサラダとヒツジ肉のワイン煮、そしてミルクを二つ頼んだ。
 そして二人で偶然空いた席に座らせてもらう。ハウは目をキラキラとさせっぱなしで、皆が食べてる夕食を美味しそうだと楽しそうにしていた。
「ハウは食べることが好きなんだな」
 何の気なしにそう言えば、ハウはそうかなと不思議そうに小首を傾げた。
「おれ、そんなに物欲しそうにしてたー?」
「ヨダレを垂らすなよ」
「しないよー!」
 そこへ料理が運ばれて来る。トリ肉のサラダは肉が多めで、レタスやキュウリやトマトが盛り付けられていた。ドレッシングはマトマという木の実を使ったピリ辛仕立てだった。ヒツジ肉のワイン煮は黒々とした赤ワインで黒く染まった肉が印象的で、ナイフを入れてみれば柔らかく煮込んであることがわかる。
 美味しいと目を輝かせて食事を進めるハウに、オレもまた食が進んだ。普段はそんなに食べないが、何故か、腹一杯になるまで食べることが出来た。
 そこからはミルクを飲みながら耳をそば立てる。何か有益な噂話はないかと黙っていると、金髪の兄ちゃんと声をかけられた。それはマスターで、何故かクレープが乗った皿をハウの前に置いた。オマケさと笑った。
「そこの兄ちゃんが美味そうに食べるからな、つい作っちまった」
「わー! いいのー?」
「いいぞ、それのお代はいらねえからな」
「ありがとうー!」
 そしてクレープを食べ始めたハウに、そういえばとオレはマスターに話しかけた。
「何か噂話はあるか?」
「噂話か、それなら最近妙な噂があるな」
 マスターはそう言うと頭を掻き、そっとオレに近寄り、声を潜めて言った。
「ここに来る騎士が愚痴で言うんだが、なんだか知らんが世界各地で海が荒れたり、雪崩が起きたり、地震が起きたり、大雨があったかと思えば、乾季が長引いたりしてるらしい。妙な話だろう?」
「それは確かに妙だが、オレには関係なさそうだな」
 そう答えれば、ハハッとマスターは笑った。
「それもそうだ。だがあんまり騎士のやつらがそのことばかり愚痴るモンだから他の噂が飛んじまってよ。まあ情報なら他を当たってくれ」
「いや、悪くはなかった。料理も美味かったから満足だ」
「そら良かった」
 オレはその場で銀貨をマスターに一枚渡す。こんなに良いのかいと驚いた店主に、依頼明けで懐事情がいいんだと答えた。
「代わりに、何かあったら頼らせてくれ」
「おう、それぐらい構わねえよ」
 じゃあありがとさん、ゆっくりしていってくれとマスターに言われて、オレは手を振ってからまたミルクを飲んだ。そしてハウを見ればクレープを食べ終わって店員に皿を回収されるところだった。
「話し合いは終わったー?」
「まあな、帰るか」
「いいよー」
 ハウを連れて酒場を出て、宿屋へと向かった。

 宿屋に帰り、宿屋の主人に帰ってきた旨を告げてから部屋に入る。取り敢えずシャワーを浴びてからベッドに寝転がった。ハウは、おれもシャワーっていうの浴びた方がいいのかなと言うので、念のためにとシャワー室の使いかたを知らないらしいハウに必要な事を教えてシャワーを浴びさせた。
 それからベッドに寝転がる。疲れたなと思った。今日はクエスト帰りにハウと出会ったり、アセロラに会ったりと、色々あった。でも、こんな日がしばらく続くのだろうなとも思った。それが良いことなのか悪いことなのか、分からないが。
 ハウがシャワー室から出てきて、オレの寝転がるベッドに腰掛けた。しっとりと濡れた、でも水滴は落ちてこない様子に髪をある程度乾かしたらしいことがわかる。
「グラジオは人と関わるの、苦手なのー?」
「別に」
「言葉少ないもんねー」
「そんな事はない」
 あのね、とハウは眉を下げた。
「グラジオはどうして雇われの傭兵みたいな生活してるのー?」
「……別に何だっていいだろう」
「うん、そうなんだけどさー」
 少し気になったんだ。そうして身を引いたハウに、オレはそれで良いと安堵した。過去はあまり知られたくなかった。しかもなぜかハウには特別知られたくないと思った。
「でもね、これだけ言わせてー」
 ハウはそう言って、ランプの光で照らされた部屋の中、オレに手を伸ばした。そしてその褐色肌のやわらかな手でオレの頬をそっと撫でた。
「何も知らない。何も知らないから、言うんだー」
「ああ」
「グラジオはしんどそう。だから、無理はしないでー」
 約束ねと微笑んだハウに、約束しなくとも無理はしないとオレはその提案を突き返し、ハウの目をじっと見つめた。
「ハウは、何も心配しなくて良い」
「えーなんでー?」
「それは」
 そこまで言ってハッとする。オレは今、何を言おうとしたのか。すぅっと冷や汗が流れる。何かオレは今、言いかけた。目を逸らしていることを、言いかけたのだ。だからそれはダメだとオレはぎゅっと目を閉じてころりと体を動かしてハウに背を向けた。寝ろ、とそう告げれば、背後のハウはそうだねと優しい声で言った。
「グラジオ、おやすみー」
 それを聞くとオレはそっと体の力を抜いて、疲労からすぐに眠りへと落ちていった。

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