イリミヅ/光のような貴女に捧ぐ
!イロモノ注意!
!死ネタにも見えます!


 おひさまのようで、おつきさまのような、そんな女の子でした。
 彼女は自分の事をあまり喋りません。ただ、いつも笑って、バトルしようとモンスターボールを持っていました。
「私、お兄ちゃんが欲しかったの」
 いつの日か、彼女はバトルの後にそう呟いていました。
「でも、お兄ちゃんがいるような気もするんだ」
 そうして相棒のポケモンを撫でる姿はどこか悲しそうで、兄の代わりになりましょうか何て言葉が頭をよぎった事があまりに安易だったと、口を閉ざしました。
 彼女には兄がいる。どこからかその様な噂を聞きましたが、それは彼女が風潮している事ではなく、どうやら実際に彼女によく似た人が現れたからだそうです。その噂について聞いてみると、彼女は微かに笑って、現れちゃったねと相棒を見上げていました。立派に育ったポケモン、イリマの試練を乗り越えた人。
「私ね、本当はここに居ないんだ」
 消えちゃうの、彼女はそう言ってこちらを見ました。その目の透明なこと、笑顔の柔らかなこと。全部消えるからと彼女は駆け寄ってきて、手を握りました。その手の白いこと、柔らかなこと。
「でもね、これだけは伝えなくちゃって」
 私ね、と彼女は言った。もう、髪の毛の先がうっすらと透けていて、指先は靄の様に解けていた。
「私、イリマさんが好きだよ」
 笑った顔はお日様のように明るく、お月様のように穏やかに。
 そうして消えた彼女は何も残さなかった。相棒だったポケモンも、教えてくれた名前も、何もかもが消えてしまった。
 いつか、この手に残った温もりと、この耳に残った声も消えていくのだろう。その事を彼女は願ったのだろうか、彼女は本当は何を言いたかったのだろうか。どれだけ思い出しても、柔らかな笑顔を見せて、バトルしようと相棒と家に駆け込んできた、彼女の表面しか見えなくて。ああそうか、所詮表面だけしか見れなかったのかと落ち込んだ。

 だけど、それは唐突に覆される。
「前の俺はイリマさんに会いたかったんだよ」
 イリマの試練を乗り越えたヨウという人はそう言った。
「イリマさんに会いたくて、会いたくて仕方なくて、全てをやり遂げて、でも、三度目はなくて。それを悔やんでいた」
 そういう人だったんだとヨウさんは笑った。その笑顔は、どこかで見たような柔らかな表情だった。
「前の俺のこと、沢山考えてくれてありがとう!」
 それがきっと正解だと、ヨウさんは笑って、次の試練に行かなくちゃと立ち上がった。
 その背中に、待ってと言う。
「貴方はどこまで知ってるんですか」
 彼はくるりと回って、にっと笑みを浮かべた。
「何にも知りません!」
 それが正解でしょうと彼は声を上げて笑って、相棒のポケモンと駆けて行った。その後ろ姿に、彼女の影が見えて、ああ、きみがそうだったんだとようやく理解した。
 きみが、ヨウさんが、彼女の兄だったのだと。
「全く」
 あの兄妹には振り回されてばかりだとため息を吐けば、ドーブルが心配するように顔を覗き込んできたので、大丈夫ですよと頭を撫でたのだった。

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