03.ピクニック
チェレベル/チェレン視点/bw2


「ねえ、ベル。何してるのさ。」
 え? と振り返ったベルの手には食パンの耳。もぐもぐとそれを食べていて、ハッと気がついたように慌て始めた。
「摘み食いしてごめんなさい!」
「いやそこじゃないから。」
「え、じゃあチェレンも食べる?」
「パンの耳はいらない。」
「そっかあ。」
 そう言って元の向きに向き直ってしまったベルに、だから何してるのと問いかければ、楽しそうに言う。
「サンドイッチ作ってるの! 」
 だからそれが解せないのに、ベルの楽しそうな声はちっとも僕の話を聞いてくれそうになかった。

 サンドイッチをバスケットに詰めたベルは僕を呼んで、引きずって、外へと出た。ヒオウギシティの爽やかな風を感じる。本日は休日。何故か押しかけてきたベルは、僕の家のキッチンでサンドイッチを作り、現在に至る。ちなみに僕の家にサンドイッチの材料なんて揃ってないから、全てベルが買ってきたものだ。
 高台に連れてこられた。高台の上では感じる風はより澄んでいるような気がする。良いところだねえとベルは笑い、さあ食べようとベンチに座った。そして僕を見上げて、隣を手でとんとんと叩くので、大人しく隣に座ってバスケットの中からサンドイッチをひとつ取った。
 大体、ベルは決めたら貫き通すところがあるから、僕が何か反対意見を言ったって聞きやしないんだ。だから仕方ない、仕方ないとサンドイッチを口に入れた。柔らかなタマゴと酸味と甘みのあるマヨネーズ。レタスはシャキシャキとしていて歯応えが良い。無言で食べているとベルが一方的にぺらぺらと話し続けていた。
 博士の元での研究生活。助手をしていて困った事。炊事洗濯が上手くできるようになった事。あの日、人を探して消えた幼馴染。そして、いつかの一歩。
「今思うと、楽しかったんだろうなあ。」
 ベルはサンドイッチを片手に言う。その口元ついていたマヨネーズを指で取ってあげると、楽しそうに笑って感謝された。
「チェレンも変わったよねえ。皆、みんなあの旅の中で変わっていった。」
 懐かしそうな目をして、口元に笑みを浮かべて、ベルは楽しかったのだと繰り返す。
 そんなの嘘だって、僕には分かるけど、言わない。だって、楽しかったというのも間違いじゃない。繰り返し言う今のベルにとっては嘘だけど、本当は嘘じゃない。
 あの旅は辛い事が沢山あった。喜びも悲しみも全ては平等にあった。ワケの分からないあの教団も、今は引退したチャンピオンも、全てを解決した僕らの幼馴染である、英雄も。
「あのね、役目をくれたの。」
 突然の言葉に何かと問えば、ベルは微笑みを浮かべてから、手の中のサンドイッチを平らげた。咀嚼して、飲み込んで、へらりと笑う。
「初心者用ポケモンを渡す役目を任されたの。」
 僕らの時、それはアララギ博士の役目だった。それが、ベルになった。それはつまり、ベルは未来に生きる新たな子ども達の、旅のスタートを任された。
 その事の重大さに何も言えないでいると、ベルは続けた。
「もう二度と、英雄を必要とする事がないといい。きっとそうなるって信じてる。だからねえ、あたし、怖くないんだあ。」
 ね、そうだよね、チェレン。そう言いながら握り締めている手は震えている。僕はその手に手を重ねて、ゆっくりと撫でた。持ち上げて、拳を丁寧に解いた。
 ベルに言う。
「嘘は言わなくていいよ。ベルは大役を任された。その事は誇りだ。だけど、怖い事だって当たり前の感情だよ。」
 だから不器用に笑うなんて事はしなくていいって。似合わないよって笑えば、ベルは顔をくしゃりと歪ませて、手で顔を押さえた。俯いて震えるベルの手を握って、背中をそっとさする。

 まだ中身が残ったバスケットが見えた。ああ、ピクニックはまだ続けられると僕は安心して息を吐いた。だって、例えそれが気晴らしにと計画されたものだとしても、それをベルが楽しみにした事は確かだろうから、こんな終わり方は無いだろうって思ったんだ。

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