ダイディア/realistic/愛情の果てを夢見る/ディアンシーは女の子設定


 その目は澄んでいて、なのに僕を映してじっと見つめる。それを僕は喜んで受け止めて、手を握る許可を乞うのだ。きみはいつだって困ったように笑うのだけれど。
 きみと歩いて林道を抜ける。かつて材木を運んだというそこは朽ち、苔むしていた。滑らないように気をつけていれば、宙に浮かんだようなきみがふらついていた。決して空を飛べるわけじゃないきみの不自由な下半身に、僕は心が沈むのを感じた。
 滑りやすい道を進み、やがて山間の村へと出る。今日の宿はここにあり、僕らの目的はこの村の近くにある古い鉱山だった。金鉱山として脚光を浴びたその山はほんの数年で全ての採掘が止められた。理由は不明とされ、村の人々は口を閉ざして鉱山を閉めた。そんな場所を目的として僕らがやって来たのは訳がある。それはきみ、ディアンシーの縁だった。偶然僕らに出会った村人が、是非にと呼んだのだ。勿論、怪しいとは思った。けれどそれ以上に彼らがディアンシーを待ち望んでいたことが分かった。
 村を歩けば花冠を付けた幼い少年と少女が駆け回っていた。その首にはシンプルな水晶のネックレスが掛けられており、ぐるりと村を見渡せば花が溢れていてもよく見れば至る所にひっそりと水晶が飾られていた。やがて僕らに気がついた少年と少女が手招きをして歩きだした。僕はきみと目を合わせてからそれに続く。やがて辿り着いた広場には村人が多く集まっていた。歓迎されていると一目でわかる集まりに驚けば、彼らは揃ってきみに傅いた。きみは驚いて僕の手を握る。優しい温もりの手を握り返し、安心させるように大丈夫だと微笑みを返した。
 彼らはきみと僕を鉱山へと連れて行く。僕はもう薄々分かっていて、堪えきれない恐ろしさからきみの手を強く握った。彼らが入り口に案内してくれた鉱山には沢山のメレシーが首を垂れて待っており、きみは少しだけ顔色を悪くした。僕は確信した。
 この鉱山は王を待ち望んでいるのだ、と。
 きみは頭を振って僕の手を離し、一歩前へ出た。そして高らかにメレシー達へと伝える。僕もきみも知っていた。王はその土地で産まれた者でしか成り得ず、また誕生することが極めて少ない。ほぼ確率がゼロである王の誕生をこの鉱山は待てなかったのだ。だから僕らを招いた。正しくはきみを招いた。メレシー達に言葉を送るきみを見て、僕は村人たちを見渡す。彼らもきみの言うことが分かったのだろう。そろって不安そうな顔をしていた。しかしきみは微笑む。両の手を合わせ、光を反射して輝くダイヤモンドをその場に一つだけ創り出す。きみはそれをメレシー達のリーダー格であろうメレシーに渡し、一歩下がる。その次に鳴いた意味は僕でも容易に想像できた。
(幸福が訪れますように。)
 そして浮かべた微笑みをメレシー達は勿論、村人達も生涯忘れられぬものだろう。それは母のようでいて、尊厳たる王の微笑みなのだから。

 村に戻れば、残っていた村人達が出迎えてくれた。そしてきみが王にならないと知っても、村人達は僕らを歓迎してくれた。きみの微笑みだけではない。きみの存在自体が彼らにとっての喜びであり、王がこの世に産まれぬ訳ではないということの示しだからだ。

 夜になり、村人達が用意してくれた宿の部屋で眠るきみを見る。穏やかな表情で眠る姿に緊張が緩むように安心する。しかし上下する胸の下、下腹部へと視線を移せば僕の心は沈んでいく。ゆっくりと手を伸ばし、手のひらでそこを撫でれば岩タイプを含んでいるポケモン独特の低めの体温が感じられた。反射のようにきみの顔が少しだけ変わる。穏やかだけれどほんの少し寂しそうな顔は、きっと僕も同じなのだろう。僕の指先が僅かに浮き、震えた。きみも悲しんでいるのだとほんの少しの期待をし、同時に思い知る。
(この腹は孕まない。)
 確かな事実に僕は深く深く沈んでいく。
(子を成す器官が無いのだ。)
 そしてもしもを夢に見る。
(きみと僕の子は、きっと綺麗な水晶だ。)
 何よりも上質な水晶のように澄んだ透明なのだろうと。耽る思考の中、頬を伝った涙が僕だけのものとは思えなかった。



title by.さよならの惑星

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