ゆるやかに忘れさせていく息の仕方/レグリ/常識を支配されていくという話


 ひとつ、ひとつとお前は俺を越してゆく。
 それは様々なようで、たった一つだけ、バトルで勝てたことが無いことなのに、お前が一歩ずつ俺を追い抜かしていく気がした。それは世間一般的に悪いことじゃないけれど、俺としては悔しくて仕方がなかった。でも、最強を手に入れたかのようなお前がただ孤立したのを知って、そんな悔しさは吹っ飛んでしまったのだけれど。
 どんとジムの窓に何かがぶつかる。ああ、二度目だと思った。一度目と同じ理由であれと願った。
「グリーン、開けてよ」
 少しだけ晴れた顔をしたお前つまりはレッドに、俺ははいはいと窓を開けた。

「お前さあ、玄関から入って来いって」
「それはめんどくさい」
「いや、常識的に」
「俺に常識など無意味ッ!」
「さっさと山から降りる決心をしろ」
「えー、まだ降りたくない。」
「ママさん心配してんだろうが」
「まだ母さんに顔向け出来ない」
「何その後戻り出来ないみたいな」
 いいから話をしようと喚くレッドに、会話してるだろうがと言ってやった。とりあえず飲み物でも淹れるかと思ってから、ふと気がついて昼は食べたかと問いかけると食べてないと笑った。
「コトネったらさ友達連れて昼にやって来て、そのままバトルだよ。いや楽しいからいいんだけど」
「バトルで食欲を忘れ、思い出した頃に俺のジムに来たと。ここは飯屋じゃねえよ」
 アハハと笑うレッドに俺はため息を吐いて簡易キッチンに入る。何だかんだでジムにほぼ住んでいるので、簡易とはいってもそれなりに充実はしている。冷蔵庫と炊飯器を覗き、チャーハンにしようと決めて調理を始めた。ついでに俺も昼を食いっぱぐれていたので自分の分も作ってしまおう。
 すぐに出来たチャーハンをテーブルに並べると、レッドを呼ぶ。ひょこっとやって来たレッドは美味しそうだと喜んだ。スプーンと飲み物を渡していただきますと食べ始める。ポケモン達はジムトレーナーの皆が書類から手を離せない俺の代わりに食べさせてくれていたので問題は無いだろう。レッドのポケモンはどうなのかと問いかければ、ポケモンには食べさせたと言う。自分が二の次なのは同じだなと思った。

「コトネの友達のヒビキはバトルに強くなくて、でもポケモンがすっごい好きなんだって。言われなくても分かるぐらいでさ」
「へえ。いいトレーナーだな」
「グリーンもいいトレーナーだよね」
 突然のフリに思わず目を丸くすると、レッドはつらつらと俺の良いところを語り始める。ポケモンとの向き合い方に始まり、ジムリーダーの責任の話や俺が忘れているような幼い頃の出来事まで。唖然としていると、締めくくるようにレッドは言った。
「いいトレーナーと強いトレーナーはイコールじゃないよな」
 にっこりと笑うレッドに、ただ頷くしかなかった。何だか、俺がすごくちっぽけに思えた。

 それはきっとレッドに言われたからだと、空き地でポケモンと遊ぶレッドを見ながら思う。他の人に言われてもそりゃそうだと思うだけで、俺がまるで小さな人間には思わない。大体、社会において俺も他の人も小さな人間であることは当たり前のことなのだからである。そう、レッドだからそう思ったのだ。俺が追いかけ続けたレッドだから。
「なあグリーン」
 いつの間にかこちらを見ていたレッドに、俺は何だと返事をした。レッドは俺の目を見つめて、微笑む。それは微睡みのような優しさを含んでいて。
「俺はお前の優しさが好きだな」
 あっそ、としか言えなかった。



title by.さよならの惑星

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