ギーマ+ミナキ/珈琲屋にて


 彼の手はとても美しかった。

 いつも手袋をしているという彼の手は荒れの無い美しい手だった。昔は荒れていたのだと、懐かしそうに語ることに違和感を覚える。
「いつも手袋をしていたのだろう?」
「そうだが、彼方此方飛び回っていたから洗濯機が無いので川で洗濯、なんてこともよくあったんだ」
「へえ!意外だね。そんな苦労をしていたとは」
「何だその言い方は」
 くすくすと笑う彼は全く怒っていないらしい。
 彼の立ち居振る舞いには何処かキチンとしていて、作法というものが集約されているように見える。少なくとも私にはそう見えた。だからさっきの私の発言に繋がるのだ。つまり彼は幼い頃から礼儀を叩き込まれた貴族のようだ、と。
「私はただ、スイクンに釣り合う人に成りたかっただけだぜ」
 彼の語るスイクンはポケモンで、所謂伝説の中の存在のようなものらしい。何せ他の地方の珍しいポケモンなのだからよく知らないのは仕方ないだろう。
 彼は前、私へスイクンについての話をぽつぽつと語ってくれた。その語りはとても興味深く、その世界に引き込まれたのは言うまでも無い。彼は雄弁ではなかったが、それでも彼がスイクンのことを心から愛しているという気持ちが語りの端々から滲み出ていた。好きなものを語るという行為は見ているものをどれだけ引き込ませることか!
「ギーマは手袋などはしないのか?」
「カードやコインが滑るからな。基本的に身に付けることはないね」
「本当にゲームが好きなんだな」
 彼はそう言うと、思い出したように鞄の中から小さな紙袋を取り出した。手のひらサイズのそれの封を開けると中身を取り出して、私に差し出した。
「キーホルダーだぜ。トランプがモチーフなんだ。」
「へえ、シルバーかい?」
 手にとってしげしげと眺める。丁寧な仕事がされたそれは何処にも隙の無い出来栄えだった。
 よく出来ているなと言うと彼は知り合いが作ったのだと言った。
「正しくは古い友人のその知り合いでな。扱った事のないモチーフと材料で仕事がしたいと言い出して、練習と試作を繰り返した末の最初の完成品がそれなんだ。専門は木彫の根付職人なんだが」
「そうなのか。変わった人だな。でも、本当によく出来ていると思う」
「気に入ったのなら貰ってくれないか?作った本人から似合う人に渡してほしいと言われていて」
「いいのか?」
 思わぬ提案に驚くと、彼は笑顔で了承した。私は無くさないようジャケットの内ポケットにそれを仕舞うと、彼にお礼をしたいと語りかける。彼は押し付けたようなものだと遠慮したが、私がお礼をしたいんだと繰り返すとすぐに折れてくれた。
「食事を奢ろう。美味しいレストランが近くにあるんだ」
 にっこりと笑って言うと、彼はそれは楽しみだと微笑んだ。

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