チリオモ/あいいろ


 深い深い青だ。
「気に入りましたか」
 着物の令嬢がにこりと笑う。彼女はエリカだった。慣れないであろうパルデア語を巧みに使って、チリとこうしてカフェにいた。
「そのキモノの色、綺麗やね」
「ふふ、金糸も混ぜてあります。ほら、こうして光に当てると輝くのですよ」
「へえ、ほんとやね」
「オモダカ様のようでしょう」
 チリは黙る。その反応を分かりきっていたように、エリカはくすくすと口元に手を当てて笑った。
「恋は人を駄目にする。良いものですね」
「チリちゃんこれでも情熱の国の人間やで?」
「喩えそうだとしても、変わりません。何も」
 全くもって。エリカは息を吐いた。
「わたしの街にはもう一つ旧家があるのですが、そこのご令息はいつも飛び回ってばかりです」
「はあ」
「恋をしてしまったんです」
「ん? 何で飛び回るん?」
「特定の棲家を持たないポケモンに恋をしたからです」
 困ったものです。エリカはジュースを飲む。生搾りのジュースは、オレンジとレモンのものだったか。特定の棲家を持たないポケモン。チリは笑む。
「そりゃ、きっとすごーいポケモンなんやろね」
「ええ、論文も書かれてますよ」
「教えてくれるん?」
「すぐに分かりますとも」
 そう言うと、エリカは窓の外を見た。たったかと青年が走ってくる。あれが、例のご令息だろう。チリは苦笑した。
「仲良しさんやな」
「ええ、幼い頃から知っていますから」
 それでは、また。エリカはそう言うと、ドリンク代と紙切れを置いて、立ち去った。紙切れにはエリカの連絡先が書いてある。いつの間に書いたんだか。チリは窓の外で青年とエリカが仲の良い友人と言うにふさわしい距離感でアカデミーに行くのを見た。
 カフェに人が入ってくる。深い黒と青の女性だ。パルデアの人間なら誰もが知る人、その人がチリを見つけると微笑んだ。その笑顔も武器である。彼女は全身を武装している。そのことをチリは知っている。知っているのはきっと片手で数えられるぐらいの人だけだろう。
「随分と早かったですね」
「エリカさんと話したんよ」
「まあ、エリカさんと。それは是非私もご一緒したかったです」
「さっきアカデミーに行ったで。ま、最終的にリーグに来るやろ」
「それは楽しみです」
 それでも、オモダカは、ご令息の方を気に入るだろう。チリは何となく予感していた。トレーナーのこういう予感というものはよく当たるものだ。
「食事は未だですか?」
「ん。何食べるん?」
「私は、どうしましょうか」
 メニューを見てむむむと悩み始めたオモダカに、チリはゆっくりでええよと笑った。今日は珍しく時間がある。だから、たっぷり悩んで、英気を養って、それからカントーからの来訪者たちと面会すべきだ。
「チリは何にしますか」
「うちはオリジナルサンドウィッチ」
「それも美味しそうですね」
 悩むオモダカが随分と若く見える。事実、何歳なのか分からないのがオモダカの強みだ。チリはゆっくりでええよと、繰り返したのだった。

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