チリオモ/ここに神はおらせられない/オモダカさんが怪我してます。


 かみなり。

 神のいない国をどう治めるのか。例えば、そんな質問があるとして、オモダカは当たり前のように言うのだ。
「このパルデアには豊かな人材が存在します」
 彼らを信用せずして、何を為せようか。その言葉に、質問者たちは唖然とするのだ。

 オモダカはガーゼに触れる。適切な応急処置である。チリが一仕事終えたと、息を吐いた。
「大怪我して帰ってくるって何なん?」
「大怪我というほどではありません」
「そんだけの怪我は大怪我や」
「医者は必要ありません」
「行く、にはスケジュールが空かんか」
「そうです」
「チリちゃんにできるサポートは全部やるから、業務減らしい」
「無理です」
「会議は?」
「リーグ内だけです」
「そうするように秘書たちに伝えとくわ」
「助かります」
 オモダカは息を吐きながらベッドに埋まった。豊かな髪が広がって、キラキラと輝く。この髪どうなってるんだろう。チリはいつも疑問に思うが、そのままにしている。オモダカがリラックスする姿など、限られた場所と人の前でしか見せない。
 ストイックと言えたら楽だろう。だが、オモダカの献身はそうとは思えなかった。ストイックなんてありふれた言葉では表せられない、パルデアへの献身。それこそが、彼女の本質だとチリは思う。
 言葉は繰り返されると品位を失っていく。オモダカは多くは語らない。ただ、目の前にいるパルデアの宝を正しく導く。導くと言うのも、外れている。あくまで宝の自主性に任せて、見守るのだ。
 カリスマが無いと言われることがある。チリには到底理解できなかった。カリスマなんてありふれたものでオモダカを測って欲しくなかった。言葉は繰り返されると品位を失う。オモダカはもっとたうとい人だ。チリは祈る。オモダカが今日も無事に生きて、乗り越えていくことを。これは未来への願いでは無い。過去への反省ではない。チリはこれをオモダカへの信頼と呼ぶ。
「チリ、水をとってきてもらえますか」
「了解」
 キッチンに向かう前にベッドで眠るオモダカを見る。全身傷だらけ、ガーゼが痛々しくて、今は服で隠された腹部などは包帯を巻いた。チリが、巻いた。
 この人が、人であることを、チリは感謝している。神話なんて大嫌いだ。チリはそう思ってしまう夜さえある。オモダカの高潔さを、チリはちゃんと受け止めたかった。
 それだけのために生きていると言っても、過言では無い。
 キッチンに向かう。冷蔵庫の中に、おいしいみずがある。清潔なコップに注いで、持っていく。キラフロルがふわふわとリビングで漂っていて、ドオーがすやすやと寝ていた。平和な午睡。
 この平和がオモダカの犠牲の上にあることを、チリは胸に刻まねばならないのだ。

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