チリオモ/親愛なる花へ、祝いの言葉を/花吐き乙女パロ/続かない!!


 ごめんなさい、ゆるしてください、なんでもします、だから、これだけは、これだけはゆるしてください。
「許されません」
 分かりますか。オモダカはそう淡々と言う。手袋を嵌めた手で一輪の白い薔薇を持ち上げる。少女が、それを見て、目を見張る。やだ、やめて、いや、やめてください。少女が叫ぶ。手を伸ばす。だが、オモダカは続けた。
 白い薔薇に、口付けたのだ。
 少女の顔が絶望で染まる。オモダカは淡々と言った。
「あなたがした事は、"こういうこと"なのですよ」
 絶叫。少女は絶望を乗せて、警察に連行されて行った。

「嘔吐中枢花被性疾患?」
 チリが医者から説明を受ける。
「先ほど運ばれてきた野生のマリルリの症状は恐らく、この病が該当します」
「パルデアでは聞かん病気やな」
「はい。まだこのパルデアに入ってきていない病の筈です。ですが、野生のマリルリが患っていたとなると……」
「もう侵入は確定、ってことか」
「そうなります。侵入経路は専門家チームが探りますが、恐らく突き止められないでしょう」
「せやろなあ」
 チリは医者に、マリルリの治療を任せて、病院を出た。
 病院の裏手でタクシーに乗り、スマホを操作した。
「もしもし、総大将おる?」
 秘書がオモダカにスマホを渡した。
「ああ、総大将おつかれさん。診断出ましたわ。ビンゴやで」
「そうそれ、嘔吐中枢花被性疾患ってやつ。診断書は後でな」
「パルデアに入ってきたんはもう確定やろってとこやな。経路は不明に落ち着く──」
 そこまで言ったチリの言葉が詰まる。オモダカが淡々と事実を告げてきた。は、と息を吐いた。うそ、と息だけが漏れる。
「自分、何してんねん!」
「どれだけのことを」
「分かってへん! なんも分かってへんやろ!」
「何で自ら"感染"したんやこのドアホ!!」
 電話口のオモダカは冷静だ。
『結果として、密輸ルートは確定しました。周辺の往来をチャンピオンクラスで封鎖、現状の調査を行います』
「調査チーム作るんとちゃうんか!」
『間に合いません。事態は一刻を争います』
「だったら、自分の体はどうなるんや!」
『私なら平気です』
「こんっの!!」
 チリは拳を振り上げる。が、ゆるゆるとおろした。起きてしまったなら、仕方がない。
「チリちゃんにしてほしい事はあるん?」
『助かります』
「まだなーんも言うとらんよ」
『治療方針とワクチンの開発の許可に関する書類をリーグ職員と詰めてください』
「専門家は?」
『他の地方から呼び寄せるしかありません。それまでは論文の配布をするしかないですね』
「一般人にどこまで伝えるつもりなん?」
『大規模な封鎖を行う以上、包み隠すことはできません。かつ、私が感染した事実を伝えます』
「その為かあ」
『ふふ、良い"見本"でしょう?』
「笑い事やないで。帰ってきたら平手打ちな」
『チリなら出来ます』
「せんわアホ」
 では、とオモダカが通話を切る。チリは長い長いため息と共に、先ほどの医者に電話をかけた。
「先ほどぶりやな。リーグからの通達待ちを現場にさせんのは嫌やから事実だけ伝えるで」
 淡々と、あくまで冷静に告げると電話口に息を呑む音が聞こえた。そして、確認される。チリはただ、肯定した。

パルデア地方に嘔吐中枢花被性疾患患者の吐いた花、通称ゲロ花の密輸を確認。複数の野生ポケモンの感染と人間の感染が確認され、感染者の一人に、
──トップチャンピオン、オモダカさんが数えられます。

「朝のトップニュースです」
「おはようございます、アオキにしては珍しい顔をしてますね」
「正気ですか」
「私はいつでもこのパルデアの将来を思ってます」
「あなたの将来は?」
「アオキにしては不思議なことを言いますね」
 とんと分からない。そんな顔をするオモダカに、アオキは無表情だった。だが、いつもの表情とは違うと、オモダカには分かっている。
 アオキは、心の底から心配しているのだ。
「完治の見込みはありますか」
「弱毒化はします」
「やがて恋心は消えると」
「ええ、そうです。でもその前までに私には役目がある。そうでしょう?」
「……これ以上は気分が悪くなるばかりです」
「おや、ストレートですね」
「どうしようもない上司です」
「お嫌いですか?」
「あなたのご随意に」
「アオキらしい」
 では、こちらの書類通りに。オモダカの指定した紙面を受け取ると、アオキは足早に執務室を出た。

 アオキとすれ違ったチリは挨拶しようとしてギョッとする。そのまま、オモダカの執務室に駆け込んだ。
「っ総大将! 何言うた?!」
「アオキは素直ですね、と」
「そんな訳ないやろ?! 人殺ししそうな顔やったで?!」
「まあ、アオキらしい」
「どこが?!」
 で、とオモダカは笑む。チリはとりあえずと報告した。
「花吐き病の治療には諸説あるんやけど、一番巷で信じられとんのは、恋煩いの病なので恋が実れば完治する、やな」
「ふむ」
「で、総大将は恋煩いの相手とか居るん?」
「いますね」
「は?!」
 チリはそれならと慌てる。
「すぐ連絡とり! アンタなら絶対報われるやろ!」
「チリ、落ち着いてください」
「うちらのトップチャンピオン様を振るアホはおらん!!」
「チリ、ストップです」
 あのですね。オモダカはやんわりと、だが確実に告げる。
「私はこの病を恋の成就等と言う不確定要素で終わらせるつもりはありません」
「は?」
 いいですか、チリ。オモダカは説得のために口を動かしていた。
「嘔吐中枢花被性疾患の患者となった私の使命は、噂の証明ではありません。確実な治療方法の確立と、完治の立証です」
「何言うてんのや」
「私はパルデアに侵入した病をそのままにするつもりは毛頭無い。そう言えば分かりやすいですか?」
 にっこりと笑ったオモダカに、チリは信じられないとかぶりを振った。
「モルモットになるつもりか!」
「実験体になるということです。モルモットに失礼ですよ」
「何で、そんな事」
 当たり前でしょう。オモダカは笑う。
「このパルデアに花の病など必要ありません」
 ああ。チリは愕然として、そして、静かに執務室を出た。
 歩く、廊下を曲がる。そこで、ずるずると座り込んだ。
「何で、あの人が体を差し出さなアカンの」
 何でこんなことになった?

 スタスタとハッサクが歩く。ポピーもとててと歩いていた。
「たいせつなおはなしってなんでしょう?」
「小生にも詳しい事は分かりませんが、花吐き病と呼ばれる病のことでしょうか?」
「びょうきになったとはききました! でも、どうしてポピーたちをよぶのでしょう?」
「ひとまず、聞いてみましょう」
 失礼しますとハッサクが扉の前で声をかける。
 返事がなかった。
 おかしい。ハッサクが眉を寄せる。ポピーも、ひしょさんもいないんですの? と不思議そうだ。
 ハッサクは返事を待つことなく、扉を開いた。
 そこには誰もいない。否、咳き込むような、何かが詰まったような音がする。
 ポピーが走る。デスクの裏手に周り、ハッサクに声をかけた。
「とびらをとじてください!」
「了解です」
 ハッサクは扉をしっかりと閉じて、鍵をかける。そしてポピーが誰かの背中らしき場所をさするのを、嫌な予感共に確認した。
 こほっごほっかはっ、嘔吐のような息苦しい音。しかし、床に広がるのは嘔吐物ではなく、花だった。真っ赤な菊が、まるで彼岸花のような真っ赤な菊が、ぼろぼろと広がっていた。
「ポピーさん」
「さわりませんの。ふくろをとってきてくださいまし」
「よくご存知で」
「ポピーは、あさに、しりあいから"はなはきびょう"のちゅういてんを、よくきかされてきましたの」
「成る程」
 ハッサクはゴミ箱の袋を持ってくる。足りないので、紙袋も頂戴し、手袋をしているとはいえ、万全を期すために袋をビニール手袋代わりに使って花を詰めた。
 しっかりと封をして、嘔吐が落ち着いた様子のオモダカの意識を確認する。彼女は荒く呼吸しつつ、目を閉じていた。
「おみずとってきますの」
「頼みます。オモダカさん、返事は出来ますか」
「はい。ご迷惑をおかけしました」
「平気そうで何よりです」
「ええ。然し、嘔吐とは、意外と体力を使いますね」
「当たり前です。人間はそのような作りになっていません」
「そうですね」
 おみずもってきましたの。ポピーが持ってきた水を、オモダカはこくりと飲み、ふうと息を吐いた。
「花を吐いたことですが、」
「はい!」
「はい」
「皆には内密に。不要な心配はかけさせません」
「既に皆心配してますが」
「ですの!」
「不要な心配は必要ありません。あと、絶対にチリには言わないでください」
 ハッサクが目を丸くする。ポピーがまあ!と口元を手で覆った。
「ではおあいては?」
「不毛でしょう」
「パルデアでは同性婚は禁止されてませんよ」
「だとしても、私には使命があります。"白百合を吐いて完治"なんて、許されません」
 その目に、意志に、ポピーもハッサクも何も言えなかった。
「私は、私の望む結末を迎えます」
 それはつまり、パルデアの、病の克服、それだけだと。

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