チリオモ/あなたはあなただったわ
※生理ネタです。


 オモダカが欲しいものはパルデアの大地だろう。広い大地を彼女は、心の底から愛している。だから、チリなんて見る暇ないだろうと思うのに、彼女は人々をいつも見ていた。一番必要な言葉を、必ず言った。人は多い。だから、全員には声をかけられない。数を絞っても、一言ぐらいしか言えないことがある。でも、言うのだ。彼女は言うのだ。本当に欲しい言葉を。
「チリ」
「なんや?」
「こちらの書類に目を通しておいてください。チェックはされてる筈です」
「任しとき」
「ええ、頼みました」
 そして、言う。
「チリは有能で助かります」
 それが一番、チリにとって心躍る言葉だって、彼女は気がついているんだろう。

 オモダカが休んだ。そう聞いて、チリは目の前が真っ暗になった気がした。秘書の一人が、大したことではありませんと慌てて、周りを見てからそっと、チリだけに聞こえる小声で言った。瞬間、チリはガタンと立ち上がった。
「帰る」
 チリさんと止められる。だが、それどころではない。帰るったら、帰る。オモダカが休んでいるという家の一つに。
「落ち着いてください」
「ハッサクさん……」
「小生は事情が詳しく分かりませんが、仕事はなるべく分配しましょう。とにかく、仕事を投げ出したら彼女は必ず怒ります」
「おこる」
「はい」
 しゅんと、チリは椅子に座った。仕事をしよう。ふらふらとしていた体の軸をなんとか奮い立たせて、チリは目の前で書類が分配されて、普段より少ない仕事をミス無く終わらせるべくペンを手にした。
 ドラッグストアで買い物をして、走って帰る。オモダカの家は数軒なら合鍵を渡されている。合鍵がある家でよかったと思いながら、扉を開いた。
 靴が揃えてあるのを確認して、チリは急ぐ気持ちを抑えられずにバタバタと寝室に向かった。
「総大将!」
「あ、チリでしたか」
 オモダカは布団の中からひょこりと頭を出して言った。

「生理で動けんって聞いたんやけど」
「はい、痛いです」
「顔色悪いやん」
「痛いので」
「声はめちゃくちゃ普通」
「これでも必死なんですよ」
 そろそろ寝ますねと、オモダカは布団の中にすぽっと入った。いや、いやいやいや。
「とりあえず鉄分補給のドリンクとサプリメントとお粥さん買ってきたから食べるんやで!」
「嫌です」
「全く動かんのは痛みを増やすだけやから!」
「食堂が遠い」
「アンタが設計した家やろ!」
 もうと言いながらチリはドリンク類が入った袋を手に寝室を出た。ずるずるとその場に座り込むと、長い長い息を吐く。
「よ、かっ、たあ……」
 辛そうだが、声だけでもまともそうで良かった。チリは安堵してから、よしと立ち上がった。
「たまご粥作ったろ」
 あの調子なら、多分いける。チリはキッチンに向かった。

 粥を作り終えると、たったかと寝室に向かう。オモダカはすっぽりと布団の中で丸くなっている。全くと、チリは布団を引っぺがした。
「なっ、何をするんですチリ!」
「お粥さん出来たで!ドリンクも飲む!」
「動けないんですよ?!」
「全く動かんのは痛みが強うなるって言ったやろ!」
 ほらと手を差し伸べると、オモダカはジト目でその手を取った。
 さて、ベッドから出てきて思ったのだが。
「なんでネグリジェ?」
「締め付けが無いので」
「いやめっちゃ可愛いな自分」
「バトルですか受けて立ちます」
「気が立っとるなあ」
「当たり前です」
 食堂までエスコートして、椅子に座らせる。たまご粥とドリンクを並べた。オモダカは美味しそうと目を見開いた。
「卵が入ってるんですか?」
「せやせや、お粥さんっちゅうより、雑炊になってもーた」
「美味しそうです。食べても?」
「あんたの為に作ったんや。どーぞ」
「ありがとうございます」
 もぐもぐとオモダカがたまご粥を食べる。嬉しそうに頬を染めたオモダカに、やっと血の気が戻ってきたようだと安心する。
 半分ほど食べたオモダカがドリンクに手を伸ばす。ラベルを見て、ふむと頷いた。
「これまずいやつですね」
「効果だけはてきめんやで」
「今飲んでいいですか。口直しで雑炊食べます」
「そうしとき」
 ぱきっと封を切って、ごくりと飲む。一気に飲んで、オモダカは無の顔になった。ああ、不味かったんだな。チリは苦笑した。だが、これが一番効くのは同じ女性として経験済みなのだ。
「雑炊まだあるで」
「食べます」
「ん、たくさん食べて元気出し」
「私は元気です」
「いやまあ確かに声だけはな」
 もぐもぐと雑炊を食べるオモダカに、チリは頬が緩む。そして、オモダカの頭をそっと撫でた。
「これ以上酷うなったら病院な」
「嫌です」
「うちが判断するで」
「嫌です」
「やって、うちらのスーパー総大将が仕事休む方が一大事なんやから」
「それはそうですけど」
 むむむと不満そうなオモダカにチリは兎に角と微笑んだ。
「無事で良かったわあ」
「大袈裟ですよ」
 オモダカがつんとしているが、チリは構わずに微笑みを続けたのだった。

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