チリオモ/学パロ/ポケモンはいる/notパルデア/タイトル未定9/つづくといいな


 鳥ポケモンの声がする。早朝。朝日が昇ったばかりだ。布擦れの音がして、チリは目を覚ました。オモダカがすっかり制服を身に纏って立っている。おや、と振り返った。
「おはようございます、チリさん」
「ん、おはようさん」
「体調が悪いのですか? 少し、顔色が悪いような」
 そうだろうか。チリは痛む頭の、米神を揉んだ。ガンガンと叩かれるような痛みに、ゆっくりと呼吸する。
「慣れない環境だからでしょうか」
「いや、大丈夫」
「今日頑張ったら、明日は休日ですから」
「お、明日休日やったか」
「そうですよ。だから、頑張りましょう」
 勿論、無理はいけませんが。オモダカのやんわりとした静止に、大丈夫とチリは起き上がった。ドオーが心配そうに見上げてくれている。いい子、と頭を撫でた。

 ポケモンたちの朝食を終えると、大食堂に向かった。朝日が眩しいそこで、少女たちのきゃらきゃらとした笑い声が、優しくチリを包み込む。朝飯は何にしよう。ぼんやりとしながらトレーを持っていると、オモダカが炒飯とスープを乗せてくれた。
 席は、とオモダカが辺りを見ると、空いてますよと声がする。二人で振り返れば、シキミとカトレアが窓側の席で軽く手を振っていた。
 相席させてもらうと、シキミとカトレアは食事を再開した。どうやらトーストと目玉焼きと、よく焼いたベーコンのようだ。シキミもカトレアも、体調不良などはないらしい。もぐもぐと食べては、今日の授業について議論していた。
 勉強のことなら、オモダカも話の輪に入りたいだろうと、すいと彼女を見る。すると、がちんと目が合った。彼女はこちらを見ている。大丈夫でしょうか。言われずとも分かる。チリはへらりと笑って見せた。調子が良いとは、言えなかった。

 午前中の授業をぼんやりと聞く。今日は数字からして先生に当てられることもないだろう。だが、あまり気がそぞろになっていると、オモダカが心配そうにするので、チリはなんとか授業を受けた。
 頭痛は呼吸と共に引き起こる気がした。気のせいだろうか。

 昼休み。ピクルスのサンドウィッチを買って、中庭に行く。何名かの少女たちが、各々のお弁当を手に、ベンチに座っていた。
 いくつかあるベンチの一つに座る。オモダカがすぐに言った。
「チリさん、あまり無理ならさないでくださいね」
「平気や、へーき」
「そうには見えません」
「何や、頑固やな」
「ええ、頑固です」
 それでチリさんが無理なさらないのなら。オモダカの微笑みに、チリは随分と愛されたなあ何て苦笑した。オモダカの頬をなぞる。大きな目がぱちんと瞬きをした。耳たぶに触れて、そっと引き寄せる。オモダカの体が傾く。サンドウィッチはちゃんと避難させたから。
「なあ、オモダカさん」
「はい、何でしょう?」
 無垢な目。ああ、違う。チリはそっと、体を離した。
「ごめんな、オモダカさん」
「何もありませんよ」
 そうだ。チリとオモダカには、何も無かった。

 保健室。消毒液のにおいが、つんと鼻を刺す。保健委員であるという少女がベッドの使用を許可してくれた。
「私は午後の授業のあとは委員会に行きますが」
「ええよ、そうしとき」
「迎えに来ましょうか」
「いや、授業が終わった頃に同好会に行ってくるわ」
「わかりました」
 お気をつけて。オモダカは寝転がるチリの額をさらりと撫でた。手袋のひやりとした冷たさが、頭痛を取った気がした。

「午後の授業が終わりましたよお」
「ん、終わったん?」
「ええ、そうです。ところで、チリさんでよろしいですかあ」
「そうやけど」
「保健委員のミモザです。えっと、入退室表にサインくださあい」
「ええよ」
 良かった。ミモザは微笑んで、表とペンを渡してきた。チリがカリカリと名前を書く。ふと、一つ前の名前に目が行った。読めなかった。
「なあこの、」
「ダメ!!」
 ミモザが叫ぶ。チリはぽかんとした。唖然とするチリに、ミモザは険しい顔で言う。
「名前を言っちゃダメ」
「え、でも」
「関わっちゃダメ」
「なんで」
「あなただけはダメ」
「は?」
 自分だけが、とは何だ。不可解な言い分に眉を寄せる。ミモザは依然として険しい顔をしている。
「この世界から目覚めたいのなら、関わってはいけないの」
「は、」
 あたしは。
「あたしはミモザ。フィリナ寮のミモザ。真実とはいつだって、目の前にある。分かりますよね」
「何やそれ」
「カトレアさんの言う事を信じてください」
「なんで?」
「あの人は真実にも最も近いからです」
「真実って何なん?」
「知らなくてもいい事です」
 この世は混沌に満ちている。
「月の満ち欠けが、チリさんの道を照らすでしょう」
 あたしから言えるのは、これだけです。ミモザはそう言って、険しい顔を緩めたのだった。

 旧部活棟の最奥。銀の鍵が必要なくなった温室。朽ちかけたそこを歩く。チリの頭痛は消えていた。ふわふわとカトレアが浮きながら寝ている。しかし、チリの足音には気がついた。すうるりと、カトレアの目が開く。
「"彼女"の"死亡"による"円環"。ウロボロスの輪は、まだ"解決"しないわ」
「ウロボロスの輪って何なん」
「甘い。アナタの目はまだ曇っているわ」
 カトレアは砂糖菓子のような、少女だった。
「"悲劇"と"祝福"が繰り返される限り、アナタは目覚める事が出来ないわ」
 チリは何も言えなかった。

 夕方になっていた。急ぎ足で寮に戻ると、部屋にオモダカが帰っていた。
「おかえりなさい、チリさん。夕飯は購買で買ったワッフルを温めようかと」
「ん」
「チリさん?」
 体調が悪いですか。オモダカの気遣う声に、チリはもう平気やと答えた。キラフロルが壁に張り付いている。ドオーが不安そうにボールを揺らした。

 ワッフルを食べて、ゆっくり寝てくださいとベッドにチリを押し込んだオモダカは、消灯時間に電気を消すとすぐに寝た。チリはそんなオモダカを向いのベッドから眺めていたが、やがてきゅっと手を握りしめた。ゆっくりと力を抜いて、静かに起き上がる。そして、浅く呼吸してから、カーテンを少しだけ開いた。
 外では行進が繰り返されている。小さな何かは蝶々の羽根を持った婦人を取り囲んで行進している。嫌悪と、憎悪と、安心と、空虚。全てが混じって、チリの心に寄り添おうとする。
 そんなものは要らない。でも、そうだろうか。チリはカーテンを閉じる。オモダカは寝ていた。静か過ぎる程に、彼女の眠りは深い。仄かに輝いて見えるのは、チリの幻想なのか、ミモザの言う真実なのか。
 ただ、ミモザにはもう会えないような気がした。


ゆめときぼうとあすとほのお
ほとをやくは
ほのおのこども
わたくしたちには
かんけいなくて
それでもひかりがほしいなら
いますぐにでも
このつきよにいらっしゃい
わたくしはここにいる
ほうせきをさがしてる
きらきらをみたいの
いしはいえのなか
ちいさなちいさな
からのなか
きょうかいは
いつも
からのそと

「gealach」

ああ、いとしの、





それでは、
つぎの つきよ にて

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