チリオモ/レッド・スピネル


 手を叩く。音は、喜びを呼び起こす。善魂を沸き立たせ、悪魂を鎮める。手を叩く。かみさまにお伝えしたいことがあるのです。オモダカは静かに手を合わせる。額に寄せる。かみさま、は、わたくし、です。そう決意する。今、パルデアの大地に君臨するのは私だと。
「総大将」
 声をかけられた。オモダカが振り返る。トップとして戦うフィールドに、チリがいた。青天の霹靂。青空の彼方より。彼女は静かに言った。
「きっとこれは"ゆめ"やから」
 それを。
「それをあなたが言うのですか」
「せやな」
「あなたが、言うのですか」
「なあ、総大将」
 負けたいか。チリは言った。オモダカは答えた。
「それが、パルデアの地を豊かにするのなら」
 ああ、私はいつの間に"トレーナー"として狂ってしまったのだろう。

 次に目を開いたのは広いシーツの中。ベッドのサイズは一番大きくしよう。適当に決めたが、独寝で迎える朝が冷たくて、心が荒む。
 冷たいシーツを引き寄せて、暗い部屋の窓へと進む。中庭に面した窓のカーテンを開く。見えたのは他の窓と、切り取られた星空だった。
 この家も手放そう。そう決めた。宇宙から目を逸らし、シーツを握りしめた。
「お嬢さん」
 何しとるん?
 オモダカが振り返ると、チリが立っていた。夢だろうか。彼女が何故ここにいる。オモダカは愕然と彼女を見ていた。
 チリはいつものシャツとスラックスで、手にはマグを持っていた。
「温かいスープ持ってきたで。今日は寒いからなあ」
「チリですか?」
「せやで。なん? チリちゃんのこと、忘れてもうたん?」
「でも、どうして」
「どこぞのトップ様がリーグで倒れとるところを発見したんやけど」
 そんなことあっただろうか。覚えがなかった。でも、チリが言うならそうかもしれない。彼女はいつだってオモダカに素直だった。
 手渡されたマグには温かいコーンスープがあった。カラフルなとうもろこし入りのそれは、甘くて心が満たされる。
「ほら、窓辺は冷えるやろ」
「シーツが冷たくて」
「チリちゃんも一緒に寝たるよ」
「いいんですか」
「ええよ」
 口付けを額に一つ。温かい唇にオモダカがそれを指で追いかけた。宙に浮かんだ手を、しっかりと掴まれる。指先に口吻。赤い目がじっとオモダカを見つめている。オモダカも、その目を返した。視線が絡み、解けなくなる。
 マグカップが重たかった。
「ほな、ベッドで寝よか」
「はい」
 マグカップをチェストに置いて、オモダカはエスコートされるままに、ベッドへと沈んだのだった。

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