チリオモ/信頼
※ちょっと物騒です。法律は守ろう。


 人工的な光。群がるむしタイプ。おぞましいとは思わない。むしタイプは侮ってはいけない。戦略的に、物量(かず)を使う彼らはとても頭がいいと思う。
 オモダカがとてもにこやかに商談を進めている。付き人を装って、チリは斜め後ろに立っている。何かあったら、何でもして良い。オモダカからの指示は、それだけだった。
 商人だと自称する女性は目が大きい。瞳孔が開いている。肘まで手袋で覆っていて、肌が見えないようにしている。足には色補正付きのストッキングをつけている。ストールを着けていて、首の肌が見えない。
 注目すべきは、腕か、首か。
「チリ」
 オモダカが急に声を掛けてきた。視線は女性に向けたまま、二回瞬き。なるほど。トップチャンピオンの方が勘が良かったか。
「失礼するで」
 女性の手首を掴む。彼女が声を上げる前に、肘まで覆っていた手袋を引き抜いた。
 注射痕。それも素人の内出血つき。意図に気がついて暴れそうになった女性の手首を固めて、封じる。
「このパルデアに、私の目がある限り、“その”自由には制限を設けさせていただきますね」
 にこり。オモダカは笑みを浮かべると、片手で警察を呼んだ。

 待機していた警察。警察のポケモンたち。薬物の取り締まり班に女性を受け渡す。チリはくるくると手首を回して、息を吐いた。オモダカが上出来ですと誉めてきた。
「ったく、これってリーグの管轄なん?」
「荒事は警察よりも私たちの方が向いていたりしますから」
「ポケモンを出させなかったんに、よう言うわ」
「あの手のトレーナーに従うポケモンは、加減を知らないことが多いでしょう。場を荒らしたくなかったので」
「せやね。疲れたわあ」
「ディナーでも食べます?」
「食べたらリーグに戻るんやろ」
「私だけで充分ですよ」
「書類仕事は、なるべく事務がやるって、言っとるやろ」
「チリは事務員ではありませんよ?」
「総大将よりは事務に近いわ」
 あ、私パエリア食べたいですね。オモダカが急に言うので、好きにせえと、チリはため息を吐いた。
「……本当に、ディナーの後は帰っていいんです」
 スマホでの予約を終えて、タクシーを捕まえるためにチャンプルタウンの道路を歩く。宝食堂に行かないのはアオキに小言を言われるからだ。ああ見えてアオキは嫌なことは嫌と言う。駄目なことは駄目と言う。つまり、荒事をオモダカとチリだけで解決するのを倫理的に良しとしない。女性だからではなく、リーグの人間として、“リーグの管轄ではない”と彼なら言い切るだろう。
「チリ、どうかしましたか」
 こちらを不器用に窺うオモダカに、チリはまったくこれだからと思った。人への態度、付き合い方が、下手くそだ。上に立つ者としての振る舞いは完璧なくせに、その範疇を越えるとあっという間に普通の人間になる。
「ディナーに行くんやろ」
「はい」
「リーグでの書類仕事、手伝うで」
「いいんですか」
「チリちゃんは頼られんの嫌いやないからなあ」
 でもうちらの総大将限定。ニッと笑うと、オモダカは頬を緩めた。
「チリは頼りになりますね」
「せやろ」
 まかしとき、と。

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