チリオモ/貧血/ミモザとキハダも喋ります。


!念のためネタバレ注意です!


 その日は何となく体が重たくて、不思議に思いながら朝のルーティンを済ませて、アカデミーの理事長としての仕事を先に行うつもりで学校に来た。
「理事長っ!」
 あ、うそ。オモダカは暗転する視界で、キハダが腕を伸ばしたのを最後に見た。

 消毒液のにおいがする。白い部屋、保健室だろうか。あ、起きましたか。ふわりとミモザが微笑んでいる。
「驚きました。キハダ先生が運んでくれたんですよ」
「それは、お礼を言わなくては」
「今、購買に買い出しに行ってもらってます。特別対応なんですからね!」
「とくべつ?」
 そう、とミモザはきゅっと眉を吊り上げた。
「貧血です!」

 生ハムのサラダ、セミドライのプルーン。その他、サプリメントまで取り揃えて、キハダは慌てて帰ってきた。目覚めたオモダカに、キハダは良かったと安堵していた。
「失礼だが、最近の食事を、教えてもらえるか」
「最近は忙しくて、食事は抜きがちですね。たまにチリが作っておいてくれたガスパチョを飲むぐらいでしょうか」
「トマトベースのですか?」
「そうですね」
「栄養が足りませんね。バランス良くとるんですよ?」
「でも、時間がなくて」
「言い訳しちゃいけないぞ。そうだな、この際ゼリーやサプリメントでもいい。最低限の栄養はとったほうがいい」
「ゼリーやサプリメントはおすすめしないんですけどお、まあ、理事長は忙しい方ですし……」
「ありがとう。ミモザ先生、キハダ先生、お手数おかけしました」
「いいえ、いいんです! それよりも、食べたらまだ少し休んでくださいね」
「仕事はなるべく学園長が整理しておくそうだ」
「そうですか。分かりました」
 もぐもぐと食事に集中しだしたオモダカに、キハダとミモザは仕方ないなあという顔をしたのだった。

 アカデミーでの仕事を終えて、リーグに戻る。オモダカが今出社しましたとカードをリーダにかざすと扉が開く。すると、仁王立ちのチリが見えた。ぱちりとオモダカが驚く。
「倒れたんやって?」
「おはようございます、チリ。ええと、どうしてそのことを?」
「リップから連絡あったんや。チリちゃんのお姫様が倒れたってなあ」
「それは、なるほど」
「納得しとらんと、で、倒れたん?」
「はい。貧血だそうです」
「ほーん」
 納得がいかないらしいチリに、オモダカは苦笑して、とにかく仕事しましょうと告げた。
 仕事中もひっきりなしに声をかけてくるチリに、ここまで心配させたとはとオモダカは面食らう。なお、通常の業務ばかりだったものの、アオキが無言で焼きおにぎりの差し入れを渡してきたことだけは特別なことだった。
 退社時間になると、オモダカは仕事の残量を確認してから、職員たちを帰らせる。オモダカは残業するか悩んだ。いつもなら仕事をするが、今日はチリの目が痛い。仕方ないからと、手を止めた。
「総大将」
「はい、今帰ります。チリもですか?」
「今日はそっちの家に帰るで」
「構いませんが、おもてなしは出来ませんよ」
「そんなもんいらんわ」
 ほらと手を引かれて、オモダカは慌ててついて行く。オフィスを出る時に、残った職員たちに微笑まれて、オモダカは苦笑してしまった。

 ふわふわとフワンテが飛ぶ街外れ。合鍵で家に入ったチリが振り返り、オモダカを正面から抱きしめた。
「おかえり」
「はい、ただいま戻りました」
 思わず頭を撫でると、むうと不満そうなチリがいた。子供っぽいところも、魅力なのだから、チリは良い人材だとオモダカは思う。
「夕飯はこっちで作るさかい、休んどって」
「ポケモンたちの世話をしますよ」
「んー、まあそれならええわ」
「ありがとうございます」
 チリの香水と、オモダカの香水が混じり合う。ああ、帰るべきところに帰ってきた。そんな気がして、オモダカはゆっくりと深呼吸したのだった。

- ナノ -