チリオモ/星より優しい


!念のためネタバレ注意です!


 長い手足が動いた。チリの、前を通った。その間際、囁いた。
「世界を変えたくはありませんか」
 その人はオモダカと名乗った。

「何しとるん」
「次のプランの模型を」
「そんなん見てわかるわ。何時やと思っとるん」
「午前三時ですね」
「真夜中や」
「チリは先に寝ていてください。というか、寝てましたよね」
「おーおー、せやで。チリちゃんはぐっすりすやすや寝とったんや。まーポケモンには効かんがな」
「……キラフロル?」
「ちゃうわ。ドオーが眠そうな目で起こしてくれたんやで。健気やろ」
「そうですね」
「はいはい。寝るで」
「もうあとちょっと」
「それ言い始めたら終わらんやつやん」
 チリがオモダカの手を取る。ぴくり。僅かな反応をチリは見逃さなかった。片眉を上げると、ぐいっとオモダカの手を掴み直し、じっと見た。
「怪我しとる」
「カッターで少し」
「バトルじゃ傷ひとつ作らんのに、何でこんなところで」
「さあ……」
「すぐ絆創膏貼るで。あの高いやつ使うたら明日には治っとる」
「そうですね」
「ほな、リビングに行こか」
「はい」
 手を繋いで、てこてこと二人は歩く。オモダカの幾つかある家の一つ。無駄に広い家の廊下を進む。無機質な家はどこか、結晶を思い起こさせた。
「あの、」
「んー」
 何なん。チリが手をきゅっと握ると、オモダカは控えめに言った。
「ありがとうございます」
 お礼の言葉に、こういうところが育ちというものかとチリは思った。
「あんなあ、まだ何もしとらんよ」
「まだ?」
「絆創膏貼って、寝かしつけるでー」
「そこまで、していただかなくとも」
「はいはい」
 なあ、と言う。
「世界は変わったん?」
 ぱちり。オモダカが瞬きをした。宇宙のような目が、色を変える。
「世界を、変えます」
 必ず。オモダカははっきりと口にした。
「私の理想の世界はあと少しで、皆の世界になります」
「ほーお」
「呆れましたか」
「まったく、ぜんぜん」
 あんなあ。
「大将の理想の世界は、案外、みんなに都合がええんやで」
 だから自信を持ちい、と。

 リビングのソファに座らせて、絆創膏を持ってくる。その間に、オモダカはうとうととソファのクッションに沈み込んでいた。キラフロルたちが遠目に心配そうにしている。チリは静かにとだけ指示して、そっとオモダカの手を取る。傷口に絆創膏を貼ると、その上に口吻をひとつ。すうすうと、オモダカが寝ていた。
 オモダカの見たい世界は、オモダカの理想の世界は、チリにとって都合が良い。それは四天王の皆にも言える筈だ。強いトレーナーを輩出することの何が悪い。ハッサクは現状の打開のための強さが必要だ。アオキは現状維持のための流体が必要だ。ポピーは成長のための強者が必要だ。それら全てが、オモダカの世界に内包されている。
「自分は、自分が思っとるより、優しいおひとなんやで」
 そうでしょうか。そんな無垢な言葉が聞こえてきそうだった。

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